Vol. 2May 2026

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パブリックドメイン世界知識ライブラリ

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戦争と気象学

寺田寅彦

戦争と気象学 寺田寅彦 ユーゴーは『哀史』の一節にウォータールーの戦いを叙してこう云っている。「もし一八一五年六月十七日の晩に雨が降らなかったら、ヨーロッパの未来は変っただろう」と。雨が降って地面が柔らかくなり、ナポレオンが力と頼む砲兵の活動に不便なために戦闘開始を少し延ばしたばかりにブリュヘルが間に合って戦局が一変したと云うのである。これは文学者の誇張であ

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戦争からきた行き違い

夏目漱石

戦争からきた行き違い 夏目漱石 十一日の夜床に着いてからまもなく電話口へ呼び出されて、ケーベル先生が出発を見合わすようになったという報知を受けた。しかしその時はもう「告別の辞」を社へ送ってしまったあとなので私はどうするわけにもいかなかった。先生がまだ横浜のロシアの総領事のもとに泊まっていて、日本を去ることのできないのは、まったく今度の戦争のためと思われる。し

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戦争論

坂口安吾

戦争論 坂口安吾 戦争は人類に多くの利益をもたらしてくれた。それによって、民族や文化の交流も行われ、インドの因明がアリストテレスの論理学となり、スピロヘーテンパリーダと共にタバコが大西洋を渡って、やがて全世界を侵略し、兵器の考案にうながされて、科学と文明の進歩はすゝみ、ついに今日、人間は原子エネルギーを支配するに至ったのである。 多くの流血と一家離散と流民窮

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戦争ジャーナリスト論

戸坂潤

戦争が社会の政治的常軌を通行遮断し、典型的な非常状態に置くものであることは、今更改めて言うまでもない。このことは近代的戦争に於ても、古来の又旧来の戦争と較べて、以上でも、以下でもないだろう。原始的戦争が社会を極度の無秩序に陥れるに反して、近代戦の方はもっと秩序的だということは、………………………。なぜなら近代的な社会そのものが、原始的社会に較べて勿論美しく秩

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戦争雑記

徳永直

日露戦争がどんな理由、如何なる露国の、日本に対する圧迫、凌辱に依って、日本の政府が、あの如く日本国民を憤起させて敢て満洲の草原に幾万の同胞の屍を曝させたかは、当時、七歳にしかならない私に分りようがなかった。ただ、 「ロスケが悪いのだ、赤鬚が悪いのだ」 ということを、村長さんや、在郷軍人分会の会長さんたちに依って、村人を、特に若い青年を憤起させ、膾炙せしめたか

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かねも 戦地へ いきました

小川未明

おてらの けいだいに 大きな さくらの 木が ありました。ことしも つぼみが たくさん ついて、もう ふくらみかけました。かみさまは、いろいろの 木たちに、こう して 年に 一ど、花を さかして、この よの中の ありさまを みせて くださるのでした。 さくらの 木の かたわらに、ふるい かねつきどうが ありました。そこには、むかしからの 青さびの した かね

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戦場ヶ原の渓谷

佐藤垢石

山の緑は次第に濃くなる。そして、鱒が円々と肥って来る。奥日光、湯川と湯ノ湖の鱒釣がほんとうの季節となるのだ。 六千尺近い山腹に在る湖と、五千尺の戦場ヶ原を流れる溪流へ、宮内省帝室林野局では無数の姫鱒と虹鱒、川鱒を放流して、それが年々繁殖を続けている。湖の姫鱒は六月と十月がよく釣れる。殊に今年の六月はよく釣れた。今後益々面白かろうと思う。 私は二、三日前、湯川

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戦後合格者

坂口安吾

戦後合格者 坂口安吾 敗戦後の日本に現れたニューフェースの筆頭は公認された日本共産党であったろう。しかし、これぐらい内容拙劣なニューフェースは他に例がなかった。完全なる無内容、それに加うるにいたずらなる喧嘩ずき、まるで人間の文化以前の欠点だけを集成して見せつけられているようであった。 彼らのやった仕事の総量は、事毎に牙をむいて吠えたがる野犬の行跡に酷似してい

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戦後文章論

坂口安吾

言葉は生きているものだ。しかし、生きている文章はめったにありません。ふだん話をするときの言葉で文章を書いても、それだけで文章が生きてくるワケには参らないが、話す言葉の方に生きた血が通い易いのは当然でしょう。会話にも話術というものがあるのだから、文章にも話術が必要なのは当り前。話をするように書いただけですむ筈はありません。 「ギョッ」という流行語のモトはフクチ

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戦後新人論

坂口安吾

戦後新人論 坂口安吾 終戦後、私が新人現るの声をきいたのは、升田幸三がはじまりだったようである。十年不敗の木村名人に三タテを喰わせて登場した彼であるが、木村に三タテを喰わせたという事実だけなら、さしたることではなかったろう。彼の将棋は相手に一手勝てばよいという原則を信条として、旧来の定跡の如きを眼中にしない。したがって、旧来の定跡では、升田の攻撃速度に間に合

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『戦旗』創刊号巻頭詩

佐藤武夫

靡け高く俺らの旗! 凡ての工場の煙は消えろ 広塲へ! 広塲へ! 氾濫の俺らの力が波うつ ながい搾取と鞭の下で 誰が屈辱の涙をなめなかった? 誰がお前とお前の子のために起たなかった! おお! 苦闘の日の長い長いトンネルを思え ブルジョアの指す太陽を見ることなく 俺らの太陽に向って進んで行こう! 圧制の鞭には団結の斧で 示威で地上を揺がすのだ 街頭へ! 街頭へ!

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『戦旗』『文芸戦線』七月号創作評

梶井基次郎

『戰旗』『文藝戰線』七月號創作評 『戰旗』 彼女等の會話 (窪川いね子氏) この月讀んだプロ作品中での佳品である。 取扱はれてゐるものは杉善といふ「かなり大きい、名の賣れた」書店に起つた爭議である。作者は素直な筆つきで、そこに傭はれてゐる女店員の心に映じた爭議を――彼女達がその爭議によつて體驗して來たことを描いてゐる。 あまり名を見ない女流作家である。十五の

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戦時旅行鞄 ――金博士シリーズ・6――

海野十三

1 大上海の地下を二百メートル下った地底に、宇宙線をさけて生活している例の変り者の大科学者金博士のことは、かねて読者もお聞き及びであろう。 かの博士が、今日までに発明した超新兵器のかずかずは、文字どおり枚挙に遑あらず、読者の知って居られるものだけでも十や二十はあるであろう。その超新兵器は、発明されて世の中に出る毎に、何かしら恐ろしき騒ぎをひきおこし、気の弱い

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戦死者の凱旋

田中貢太郎

この話は長谷川伸君から聞いた話であるが、長谷川君は日露役の際、即ち明治三十七年の暮に、補充兵として国府台の野砲連隊へ入営した。その時長谷川君のいた第六中隊は、中隊長代理として畑俊六将軍がいた。 長谷川君はその野砲連隊に入営中、不思議な事を経験した。それは昔から良く云う草木も眠る丑満時で、午前の二時頃の事であったが、衛兵勤務に服していると、兵営から三四町離れた

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ぐうたら戦記

坂口安吾

支那事変の起つたとき、私は京都にゐた。翌年の初夏に東京へ戻つてきて、つづいて茨城県利根川べりの取手といふ町に住み、寒気に悲鳴をあげて小田原へ移り、留守中に家が洪水に流されて、再び東京へ住むやうになり、冬がきて、泥水にぬれたドテラを小田原のガランドウといふ友人のもとに残してきたのを取りに行つた。翌朝小田原で目をさましたら太平洋戦争が始つてゐたので、田舎の町では

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戦話

岩野泡鳴

十年振りの会飲に、友人と僕とは気持ちよく酔った。戦争の時も出征して負傷したとは聴いていたが、会う機会を得なかったので、ようよう僕の方から、今度旅行の途次に、訪ねて行ったのだ。話がはずんで出征当時のことになった。 「今の僕なら、君」と少し多言になって来た。友人は、酒のなみなみつげてる猪口を右の手に持ったがまた、そのままおろしてしまった。「今の僕なら、どうせ、役

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戦雲を駆る女怪

牧逸馬

戦雲を駆る女怪 牧逸馬 1 露独連絡の国際列車は、ポーランドの原野を突っ切って、一路ベルリンを指して急ぎつつある。 一九一一年の初夏のことで、ロシアの国境を後にあの辺へさしかかると、車窓の両側に広大な緑色の絨毯が展開される。風は草木の香を吹き込んで快い。一等の車室を借りきってモスコーからパリーへ急行しつつある若いロシア人ルオフ・メリコフは、その植物のにおいに

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戯作者

国枝史郎

戯作者 国枝史郎 初対面 「あの、お客様でございますよ」 女房のお菊が知らせて来た。 「へえ、何人だね? 蔦屋さんかえ?」 京伝はひょいと眼を上げた。陽あたりのいい二階の書斎で、冬のことで炬燵がかけてある。 「見たこともないお侍様で、滝沢様とか仰有いましたよ。是非ともお眼にかかりたいんですって?」 「敵討ちじゃあるまいな。俺は殺される覚えはねえ。もっともこれ

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戯作者文学論 ――平野謙へ・手紙に代えて――

坂口安吾

この日記を発表するに就ては、迷った。書く意味はあったが、発表する意味があるかどうか、疑った。 この日記を書いた理由は日記の中に語ってあるから重複をさけるが、私が「女体」を書きながら、私の小説がどういう風につくられて行くかを意識的にしるした日録なのである。私は今迄日記をつけたことがなく、この二十日間ほどの日記の後は再び日記をつけていない。私のようにその日その日

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戯作者文学論 ――平野謙へ・手紙に代へて――

坂口安吾

この日記を発表するに就ては、迷つた。書く意味はあつたが、発表する意味があるかどうか、疑つた。 この日記を書いた理由は日記の中に語つてあるから重複をさけるが、私が「女体」を書きながら、私の小説がどういふ風につくられて行くかを意識的にしるした日録なのである。私は今迄日記をつけたことがなく、この二十日間ほどの日記の後は再び日記をつけてゐない。私のやうにその日その日

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「ゼンマイの戯れ」に就て

岸田国士

「ゼンマイの戯れ」に就て 岸田國士 映画脚本は純粋に文学の一様式たり得るかどうか。小説、詩、戯曲――更に、戯曲を舞台脚本と映画脚本とに区分するやうな時代が来るかどうか。かういふ問題を解決する為めに、僕が「ゼンマイの戯れ」を書いたとすれば、誠に烏滸がましい話であるが、実はそんな大それた野心はなかつたのである。 僕がかういふものを書いた動機は、或る監督から某俳優

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これからの戯曲

岸田国士

これからの戯曲 岸田國士 文学の一部門たる戯曲が文学の大勢に従はない訳はない。それで「これからの戯曲」といふ問題は「これからの文学」が如何なるものであるかを解決することによつて、自ら明らかになる訳であるが、然し、それだけではまだ十分ではない。何となれば、文学の中でも、小説は小説、抒情詩は抒情詩、戯曲は戯曲で、それぞれ、ジャンル(様式)としての進化を遂げなけれ

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戯曲二十五篇を読まされた話

岸田国士

戯曲二十五篇を読まされた話 岸田國士 四月号の寄贈雑誌大小十六種のうちから、創作戯曲二十五種を選び出し、昨日(四日)まで暇を盗んで読んだ。その結果がこの一文になるわけであるが、僕は決してこの仕事を自分に適した仕事だとは思はない。たゞ書く方で愉快にならないやうな文章は、読む方でもつまらないにきまつてゐるから、努めてじう面はつくらないことにする。そのかはり、多少

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戯曲以前のもの

岸田国士

戯曲以前のもの 岸田國士 現今戯曲として通用してゐる作品のうちには、若しもその主題を取つて小説としたならば、定めし読むに堪へないであらうやうな安価な作品が多い。その反対に、小説として読めば相当高い芸術的の香りを放つてゐる作品の内容を、戯曲として舞台にかけて見ると、極めて空疎な印象しか与へられないといふやうな場合が屡々あるのであるが、これは抑も何に基因するであ

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