易者の哲理
萩原朔太郎
易者の哲理 萩原朔太郎 すべての易者たちは、彼の神秘な筮竹を探りながら、威嚇するやうな調子で言ふ。人間の一生は、天に於ける九星の宿位によつて、生れた最初の日から死ぬ時まで、必然に避けがたく予定されてる。それ故に我々は、星占学の記入された簿記を調べて、君の生涯の第一頁から、奥付の終頁までを、確実に誤りなく、読むことができるのであると。 此処までの思想で見れば、
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萩原朔太郎
易者の哲理 萩原朔太郎 すべての易者たちは、彼の神秘な筮竹を探りながら、威嚇するやうな調子で言ふ。人間の一生は、天に於ける九星の宿位によつて、生れた最初の日から死ぬ時まで、必然に避けがたく予定されてる。それ故に我々は、星占学の記入された簿記を調べて、君の生涯の第一頁から、奥付の終頁までを、確実に誤りなく、読むことができるのであると。 此処までの思想で見れば、
萩原朔太郎
易者の哲理 萩原朔太郎 すべての易者たちは、彼の神祕な筮竹を探りながら、威嚇するやうな調子で言ふ。人間の一生は、天に於ける九星の宿位によつて、生れた最初の日から死ぬ時まで、必然に避けがたく豫定されてる。それ故に我々は、星占學の記入された簿記を調べて、君の生涯の第一頁から、奧付の終頁までを、確實に誤りなく、讀むことができるのであると。 此處までの思想で見れば、
宮本百合子
しかし昔にはかえらない 宮本百合子 一 東京新聞七月三十一日号に、火野葦平の「文芸放談」第二回がのっている。「同人雑誌の活溌化」がトピックである。 このごろの出版不況で、文芸雑誌のいくつかが廃刊した。そして、雑誌を廃刊し、また経営不振におちいった出版社は、ほとんど戦後の新興出版社であり、「老舗はのこっている」。 出版不況は、戦後の浮草的出版業を淘汰したと同時
上村松園
昔のことなど 上村松園 最近年の栖鳳先生はずっと湯河原にお出でになられたものですから滅多にお会いする機会もなくなり、何彼と先生のことを思い出そうとしますとどうしてもずっと古いことがあれこれと思い浮かばせられます。 栖鳳先生のことで一番古い記憶は私の十六、七のまだ松年先生の塾に居た頃の思い出のようです。その頃如雲社の新年大会が毎年一月十一日に円山公園で開かれて
三遊亭円朝
昔の大名の心意気 三遊亭円朝 十五夜の事で御座います、殿「近侍のもの。侍「ハアー。殿「今宵は十五夜で有るの。侍「御意に御座ります。殿「お月さまはモウ出たか。侍「恐れながら御前さまはお大名の御身で有りながら、お月さまと仰せられましては、小児童子の言の葉にて、歌俳諧にでも月は月で事は足り居ますやう存ます。殿「アヽ左様か、もそツとぞんざいに云つても宜しいと申すのか
三島霜川
昔の女 三島霜川 埃深い北向の家である。低い木ッ葉屋根の二軒長屋で、子供の多い老巡査が住み荒して行ッた後だ。四畳半と三畳と並んで、其に椽が付いて南に向ッてゐる。で日は家中に射込むて都て露出し……薄暗い臺所には、皿やら椀やら俎板やらしちりんやらがしだらなく取ツちらかツてゐるのも見えれば、屡く開ツ放してある押入には、蒲團綿やら襤褸屑やら何んといふこともなくつくね
上村松園
もう丁度、五十年の昔になりましょうかしら、たしか、私の十九歳の頃のことでした。明治二十五、六年の、忘れもしない四月二十一日の夜明方、隣の雑貨屋さんから火が出まして、私どもの家もおかげで半焼のうき目にあったのでした。その頃私たちは四条通りの非常に賑やかな通りにいまして、お茶々の商売を致してましたのです。 何でもランプを落としたのが火の始まりとかで、夜明けといっ
原民喜
静三が学校から帰って来た時、店の前にいた笠岡が彼の姿を認めると「恰度いい処へお帰りね、今、写真撮ろうとしている処なのよ」と云って、早速彼を自転車の脇に立たせた。その時(それは明治四十三年のことであった)出来上った写真は、店先の自転車に凭掛っている静三の姿のほかは、誰もはっきり撮れていなかった。父も兄も他の店員たちも少し引込んだ場所に並んでいたため、写真ではそ
牧野信一
三月もかゝると云はれてゐる病院へ滝は、毎日、日暮時に通つてゐた。――今度こそは彼は、之を堅く決行し通さうと念じてゐた。こんなことをきつかけにしなければ、長い様々な生活上の悪習慣から逃れる術がないことを知つた。様々な悪習慣は、彼が命をかけて目当としてゐる仕事までを相当の深さまで踏みにぢつてゐた。仕事に対する情熱は、形ちなく見えすいてゐる垣の彼方で、徒らに激しく
宮城道雄
昔の盲人と外国の盲人 宮城道雄 昔は盲人に特別の位を与えたものである。よく何市、何市とあるが、あれも市名といって、盲人の位の一つで、一番下である。しかし何といっても一番よいのはであって、昔はになるには千両の金を納めなければならなかった。その代り十万石の大名に相当する資格が与えられていた。その次は勾当で、これはの半分位の資格であった。 昔春先きに小大名が京都に
正宗白鳥
「日本の文壇は今全く不良少年の手に落ちました。何等の教養も何等の傳統もない不良少年の手に落ちました。」と、博士はその華やかであつた青年時代の、唯一の名殘りであるやうな、美しい眸を輝かしながら、嘆聲を洩らすのを聞く時には、雄吉は不良少年の手に落ちた文壇を悲しむよりも、博士自身に對して、妙な寂しさを感ぜずにはゐられなかつた。…… 覇氣に富んだ人氣作家K氏の小説集
三遊亭金馬
現在、各大学に落語研究会というものがあり、中学・高校の教科書にも江戸小咄がのっている。近頃落語の寄席へ若いお客が多くくるようになった。誠に喜ばしいことだ。ぼくは一般のお客から「落語はどういうところがお好きでおいでになりますか」とアンケートの投書をいただいた。そのなかに「昔の言葉が覚えられるから」というのが多くあった。 われわれ商売人の若い咄家が聞いてもすでに
寺田寅彦
天幕の破れ目から見ゆる砂漠の空の星、駱駝の鈴の音がする。背戸の田圃のぬかるみに映る星、籾磨歌が聞える。甲板に立って帆柱の尖に仰ぐ星、船室で誰やらが欠びをする。 (明治三十二年十月『ホトトギス』) ●図書カード
国木田独歩
星 国木田独歩 都に程近き田舎に年わかき詩人住みけり。家は小高き丘の麓にありて、その庭は家にふさわしからず広く清き流れ丘の木立ちより走り出でてこれを貫き過ぐ。木々は野生えのままに育ち、春は梅桜乱れ咲き、夏は緑陰深く繁りて小川の水も暗く、秋は紅葉の錦みごとなり。秋やや老いて凩鳴りそむれば物さびしさ限りなく、冬に入りては木の葉落ち尽くして庭の面のみ見すかさるる、
小川未明
それは、ずっと、いまから遠い昔のことであります。 あるところに目のよく見えない娘がありました。お母さんは、娘が、まだ小さいときに、娘をのこして、病気のため死んでしまいました。その後にきましたお母さんは、この娘を、ほんとうの自分の産んだ子供のようにかわいがらずに、なにかにつけて娘につらくあたりました。 娘は、目こそあまりよく見えませんでしたけれど、まことにりこ
小川未明
澄ちゃん、澄ちゃん、なにあげよう。 あのお星さま、とっておくれ。 あんまり高くて、とれません。 そんなら、あたいがとってみよう。 お星さま、お星さま、なにあげよう。 のどがかわいた、水おくれ。 あんまり遠くて、いかれません。 そんなら、わたしが下りていこう。 ●図書カード
中原中也
何、あれはな、空に吊した銀紙ぢやよ かう、ボール紙を剪つて、それに銀紙を張る、 それを綱か何かで、空に吊し上げる、 するとそれが夜になつて、空の奥であのやうに 光るのぢや。分つたか、さもなけれあ空にあんなものはないのぢや それあ学者共は、地球のほかにも地球があるなぞといふが そんなことはみんなウソぢや、銀河系なぞといふのもあれは 女共の帯に銀紙を擦りつけたも
原民喜
星のわななき 原民喜 私は「夏の花」「廃墟から」などの短編で広島の遭難を描いたが、あれを読んでくれた人はきまつたやうに、 「あの甥はどうなりましたか」と訊ねる。 「健在ですよ」と答へるものの、相手には何か腑に陥ちない様子がうかがはれるのであつた。してみると、どうもあのところは書き足りないのではなかつたかと思へる。それで、甥のところだけを切離してちよつと書添へ
小川未明
良吉は貧しい家に生まれました。その村は寂しい、森のたくさんある村でありました。小鳥がきてさえずります。また春になると、白い花や、香りの高い、いろいろの花が咲きました。 良吉には仲のいい文雄という同じ年ごろの友だちがありました。二人はいつもいっしょに棒を持ったり、駆けっこをしたり、また、さおを持って河にいったりして、仲よく遊びました。 村はずれには河が流れてい
織田作之助
星の劇場 織田作之助 「歩哨に立って大陸の夜空を仰いでいるとゆくりなくも四ッ橋のプラネタリュウムを想いだした……」と戦地の友人から便りがあったので、周章てて四ッ橋畔の電気科学館へ行き六階の劇場ではじめてプラネタリュウムを見た。 感激した。陶酔した。実に良かった、という外よりはない。既にして場内アナウンスの少女の声が、美しく神秘的である。それが終ると、場内には
中谷宇吉郎
「もく星」号の遭難も、桜木町事件につぐ大悲惨事であった。この事件に私は、直接の関係は何もないが、航空機の遭難には少し因縁があるので、思いついたことを書き止めておく。 第一に、このマーチン機には、私は二度ばかり乗ったことがある。そして航空会社の人の話を真に受けて、これは非常な優秀機だと思っていたので、今度の事件の新聞記事を読んで、少し肌寒い思いをした。 去る二
鈴木三重吉
星の女 鈴木三重吉 一 姉妹三人の星の女が、毎晩、美しい下界を見るたびに、あすこへ下りて見たいと言ひ/\してゐました。 三人は或晩、森のまん中に、すゐれんの一ぱいさいてゐる、きれいな泉があるのを見つけました。三人ともその水の中へつかつて見たいと思ひましたが、そこまで下りていく手だてがありません。三人は夜どほしその泉を見つめて、ためいきをついてゐました。 その
小川未明
あるところに、子供をかわいがっている夫婦がありました。その人たちの暮らしは、なにひとつとして不足を感ずるものはなかったのでありましたから、夫婦は、朝から晩まで、子供を抱いてはかわいがっていることができました。 子供は、やっと二つになったばかりの無邪気な、かわいらしい盛りでありましたので、二人は、子供の顔を見ると、なにもかも忘れてしまって、ただかわいいというよ
今野大力
今宵夜はふけたり 闇夜の 天空高く 一陣の星座を見る こは天に懸かる我十字架なり この夜 魂は 単調なる鼓動に倦み 七重の塁壁を超えて至り そが前に静座し 礼讃し 祈祷す ●図書カード