Vol. 2May 2026

도서

공개저작물 세계 지식 라이브러리

14,981종 중 912종 표시

再びテアトル・コメディイについて

岸田国士

再びテアトル・コメディイについて 岸田國士 この劇団の目標は、いろいろの機会に、当事者の意見として発表されたものでも察せられ、殊に、その演出目録によつて私などには十分わかるつもりであるが、今や、少しづつ、その中心を失ひかけてゐる危険を感じだした。 実のところ、この劇団の仕事は、まだ趣味乃至道楽の域を脱してをらぬ。これは善い意味にも悪い意味にも、築地座などと対

JA
원문만

新劇の殻

岸田国士

新劇に「型」などといふものがある筈はないのだが、事実、今日のあらゆる新劇団――素人の試演と称するものをも含めて――は、もう既に、一つの共通な「癖」をもつてゐる。その「癖」とは、「型」とまでは行かぬ「殻」のやうなもので、誰がどんなに工夫をしても、それからは脱けきれない、いはば、運命的な関節不随症なのだ。 私は、これを、俳優の演技についてのみ云ふのではない。新劇

JA
원문만

築地座の『ママ先生』

岸田国士

友田恭助君夫妻が、私の「ママ先生とその夫」をやりたいと云つて来た。配役は十人のうちから九人を選ぶといふ窮屈千万な方法だが、私は即座にこれを許した。 友田君夫妻は、新劇俳優として既に確乎たる技倆をもつてゐるし、一座の方針もやや私の考へと一致してゐたからである。 元来、この脚本は、私のこれまでのものとは多少行き方が違ひ、演出等も、やりやうでいく通りもあることを私

JA
원문만

新劇復興の兆

岸田国士

文学の上では、絶えず思想的な波の起伏が、直接にその時代の作家を――、殊に若いヂェネレエションを刺激して、あらゆる面での先駆的な運動となつて現れるのであるが、演劇の方面では、今日までのところ、所謂革新派と見做すべき一群の擡頭は、常に若干年数の周期を経て繰り返されてゐるやうである。 この現象は、勿論、説明をつけてつけられないこともないが、要するに、演劇の実際運動

JA
원문만

テアトル・コメディイ

岸田国士

先日、仁寿講堂で観たこの新劇団の仕事は、予て聞いてゐた通り、八分賛成でき、二分危険を感じさせるものだ。 賛成ができる点といへば、みな熱心で、素質の優れた人が少くなく、芝居を「面白く」しようと努めてゐることがわかり、翻訳の吟味も相当に行届き、言葉のニュアンスを尊重する風が見え、ファンテジイを愛し、深刻癖に陥らず、上品な朗らかさを楽しんでゐることなどである。 と

JA
원문만

新劇雑誌

岸田国士

新劇雑誌 岸田國士 今度「劇作」といふ雑誌が創刊されるさうである。私の若い友人も二三そのなかに加はると聞いてゐるが、目下新劇不振の折柄でもあるし、この企ては誠に壮とするに足るのである。 恐らく、その名前の示す通り、新作戯曲の発表が主になるのであらうが、この際、私の希望を述べれば、これからの新劇雑誌は、従来のやうに、西洋尖端劇の紹介にのみ終始せず、日本現在の情

JA
원문만

明日の劇壇へ

岸田国士

注文により、「劇壇へ!」と呼びかけはしましたが、少くとも今日の私にとつて、その相手は何処にゐるのかさつぱりわからないのであります。 劇壇とは、劇場を中心として、俳優、劇評家、作者、装置家、その他の演劇関係者を網羅した一社会を指すものであるなら、現に存在しないとは云へないのでありますが、その社会には、今や、脈絡なく、秩序なく、理想なく、希望なく、発言者なく、傾

JA
원문만

フランスに於けるシェイクスピア

岸田国士

嘗てイタリーへ旅行しました時、ロナで、或るシェイクスピアの作中のそれのやうな月のいゝ晩に、市中を歩いてをりますと、「ロミオとジュリエットの墓」といふ標札が目に附きました。多分、後人の拵へ物だらうと疑ひながら、その墓の中へ入つて行きますと、墓の中には、大理石の大きな棺桶がたつた一つ。「ロミオとジュリエットの墓」なら二つありさうなものと思つて、捜して見ましたけれ

JA
원문만

新聞小説

岸田国士

新聞小説 岸田國士 新聞小説には殆ど経験がないといつてもいゝし、従つて自分でかうといふ野心を持つてゐるわけでもありませんけれども、自分だけの問題として考へれば、これからも新聞の小説を書いてみようといふ興味があるし、書くに就いては形式の上から云つても内容の上から云つても、自分が満足するだけでなく、非常に広い範囲にわたる読者へ相当興味の持てるやうなものをといふ事

JA
원문만

『シラノ』雑感

岸田国士

二月の帝劇で左団次一派が『シラノ・ド・ベルジユラツク』を出すといふ、先年沢田正二郎が翻案白野弁十郎を演つた時、原作の面影がどれほど伝へられたかは知らぬが、今度は時間の関係で多少のカツトをする外大体、辰野、鈴木両君の定評ある名訳によるとのことであるから、左団次の演技次第で、かのポルト・サンマルタン座初演の当時をしのぶことが出来るかも知れない。 なにしろ、フラン

JA
원문만

「抽斗にない言葉」

岸田国士

古典劇の伝統と、新派浪漫劇の様式は、それ自身、ある「せりふ」廻しなるものを形づくつたが、それらの俳優は、また、それぞれ、修業の過程と工夫の範囲に於いて、各自独特の「声色」を生むに至つた。 更にまた、文芸協会以来の翻訳的「せりふ」型は、多少の推移はあつたにせよ、大体、芸術座調と築地調とに区別される現代劇のディクシヨンを決定し、これまた、その畑に育つた俳優の個人

JA
원문만

煽動性万能

岸田国士

煽動性万能 岸田國士 演劇は、それ自身、多少の煽動的要素をもつてをり、この煽動性によつて、最も民衆に受け容れられるのであるが、また一方、劇的美の厳密な批判からは、所謂「煽動性」なるものを重要な要素と見なすことはできないのである。なぜなら、露骨な煽動に乗ずる一般の感情は、概して、美的印象とは無関係であり、生々しい刺激によつて誘致される平俗な心理的動揺にすぎない

JA
원문만

脱退問題是非

岸田国士

昨年の暮に、市川猿之助を筆頭とする歌舞伎俳優の一群が、松竹王国の手を離れて市村座に拠つたことは、いろいろの意味で世間の注目を惹いたが、これを以て、直に劇壇に一つの革新運動が起つたものと解することは早計である。 松竹が全国の大劇場、並びに著名俳優の悉くをその傘下に組合したことは、事業家としての華々しき成功であり、弊害の生ぜぬ限り、これを悪しざまに云ふ必要はなく

JA
원문만

ジヤン・コクトオ作「恐るべき子供たち」

岸田国士

日本の「若い時代」が、ジヤン・コクトオを愛読しはじめた。現代仏蘭西の生んだ、この驚くべき才能は、世界の隅々に、多くの模倣者を出しつゝあるやうである。模倣者に罪はない。ジヤン・コクトオそのものは、新文学の見本製作者である。 今度、東郷青児君を、この「日本のコクトオ」の中に加へることができた。かれは厳密な意味で文学にたづさはる人ではない。アヴアン・ギヤルドの画家

JA
원문만

田巻安里のコーヒー

岸田国士

田巻安里は、甚だコーヒーをたしなんでゐた。彼は、朝昼晩、家にあつても外にあつても、機会を選ばずコーヒーを飲んだ。友人と喫茶店にはいり、「君はなに?」と問はれゝば、「無論コーヒーさ」と空うそぶき、コーヒーさへ飲んでゐれば、飯なんか食はなくてもいいと放言した。 だれも、彼がコーヒーをたしなむことに偽りがあるとは思はなかつた。たゞ、敏感な友人は、彼がコーヒーをたし

JA
원문만

阿部正雄君のこと

岸田国士

阿部正雄君のこと 岸田國士 阿部正雄君の戯曲『骨牌遊びドミノ』を紹介します。 阿部君は、なかなか世間を知つてゐる。そして、少しばかり、世間を甘く見てゐる。一応、客観的態度を取り得る修業もできてゐる。しかし、さういふ自信の方が強い場合もある。これが、その作品中の人物に対して、ややもすれば、作者としての感情的デリカシイを欠く理由である。 阿部君は才気の人である。

JA
원문만

新派劇と新派俳優

岸田国士

自分のことを云つた序に、もう一つ云ひます。 市村座で、拙作「長閑なる反目」が、新派の所謂「若手」によつて上演された。 これが動機で、私は、それらの俳優諸君と話を交へ、なほ、有名な「金色夜叉」の舞台を初めて観た。そして、いろいろなことを考へた。 考へたことをみんな云ふ必要はないが、私の第一に云ひたいことは、新派劇の命脈は将に尽きんとしてゐるに反し、新派俳優の前

JA
원문만

ジャック・コポオの印象

岸田国士

人を訪ねるといふことが非常に憶劫なたちなので、コポオに会ひたいと思ひながら、いよいよその方法を講じる決心をつけるまで凡そ半年もかかつてゐる。 はじめ、アール・エ・アクシオンのララ夫人にその話をすると、「大使の紹介を貰つてらつしやい」と云つて、傍らにゐる夫君に笑ひかけた。ははあ、こいつは不味いと気がついて、僕は大使と懇意でない旨を答へると、夫人は、「誰かお国の

JA
원문만

ジュウル・ルナアル

岸田国士

劇作家としてのジュウル・ルナアルを識る前に、詩人としての――芸術家としてのルナアルを識らなければならない。 彼は自ら称する如く、「幻象」の猟人である。自然を愛し、自然を味ひ、自然を呼吸しつつ、その全生涯を一種の厭世家として終始してゐる。 芸術家としてのルナアルの偉大さは、彼が聡明なペシミストであるが為に、ただそれが為に、屡凡庸な批評家を近づけない。 彼は叫ば

JA
원문만

アカデミイの書取

岸田国士

ナポレオン三世の宮中では、皇后ウージェニイを中心に、当時の錚々たる文学者を交へた特色のある集会が行はれたが、その席で、何時からともなく、「秘書役ごつこ」といふ遊戯がはじまつた。 ある日のこと、プロスペエル・メリメが出題者になつて、有名な「アカデミイの書取」をやることになり、競技者を募つたところ、出題者が出題者だけに、多くの廷臣たちは、いろいろ口実を設けて、尻

JA
원문만

ファルスの近代性

岸田国士

井汲清治君の説によると、悲劇は貴族的、喜劇は中産階級的、そしてファルスは民衆的であるとのことである。 この観方も面白いし、ほぼ同感であるが、私が演劇の一様式としてこのファルスに興味をもつのは、必ずしも、さういふ「階級的」な意義によるのではない。 もともと、Farce を笑劇と訳すのは、Comdie を喜劇と訳すやうに、甚だ文学的でないやうに思はれるが、これも

JA
원문만

トリスタン・ベルナアルに就いて

岸田国士

トリスタン・ベルナアルに就いて 岸田國士 彼はポルト・リシュやベルンスタンと同じく猶太の血を享けてゐる。しかも、仏蘭西人らしい特質の最も多くを備へてゐる猶太作家である。 彼は甚だ金持である。スポーツ、わけても競馬と拳闘の熱愛者である。その上、評判の交際家である。その生涯を通じて親友の悉くを失つた一代の偏屈屋ジュウル・ルナアルさへ、彼だけには腹を立てなかつたら

JA
원문만

ある村の素人劇団

岸田国士

僕はこの夏、ある山間の温泉宿で、たまたまその村の青年諸君によつて組織されてゐる一新劇団の試演を見物する機会を得た。 尤も、この劇団は、芝居の外に、木曾踊りとか伊那踊りとかいふ郷土芸術を紹介し、その上、剣舞までやつてみせた。 芝居としての出し物は、菊池寛作「父帰る」、山本有三作「嬰児殺し」、それに「神崎与五郎東下り」と、喜劇「おしやべり小僧」の四つで、なほ附け

JA
원문만

舞台の笑顔

岸田国士

舞台の笑顔 岸田國士 此の標題は少し曖昧だが、俳優の笑顔を指してゐるのではない。舞台そのものの笑顔を云ふのである。舞台が顰め面をしたり、口角泡を飛ばしたり、めそめそ泣いたり、口を空いてポカンとしてゐたりするのではなく、絶えず――或は少くとも一と晩の半分くらゐは、見物に対し、快い微笑を送る――さういふことを指すのである。 かういふと、すぐに、それは喜劇をやるの

JA
원문만