書道と茶道
北大路魯山人
今日は茶の方の話を少し申し上げたいと思うのですが……、なぜ茶の話を申しますかといえば、それはいうまでもなく茶人の書がうまいからだということに帰するのであります。みなさんご承知の通り、ご家庭でもみなさんがお習いでしょうし、また世間で茶道とか、茶人だとかいうことを屡々いうことですが、私が遺憾に思うのは、なんか変なことがある場合に、あれは茶人だからね、というような
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北大路魯山人
今日は茶の方の話を少し申し上げたいと思うのですが……、なぜ茶の話を申しますかといえば、それはいうまでもなく茶人の書がうまいからだということに帰するのであります。みなさんご承知の通り、ご家庭でもみなさんがお習いでしょうし、また世間で茶道とか、茶人だとかいうことを屡々いうことですが、私が遺憾に思うのは、なんか変なことがある場合に、あれは茶人だからね、というような
北大路魯山人
書道展覧会など殆ど全部がといって差支えない今の書家風の書、すなわち手先の器用で作り上げる「書」形態は、筆調は体裁上、一寸見に本当の能書と変るところなきものかに見える。が……実は能書のイミテーションだ。今少し手厳しくいえば能書の偽造だ。贋造紙幣製作と同義を持つものだ。例えば真の能書たらんには東に向うべきが当然であるべきを、西方に向って筆心を進めている、これが書
宮沢賢治
われらが書に順ひて その三稜の壇に立ち クラリネットとオボーもて 七たび青くひらめける 四連音符をつゞけ奏し あたり雨降るけしきにて ひたすら吹けるそのときに いつかわれらの前に立ち かなしき川をうち流し 渦まく風をあげありし かの逞ましき肩もてる 黒き上着はそも誰なりし ●図書カード
斎藤茂吉
曼珠沙華 齋藤茂吉 曼珠沙華は、紅い花が群生して、列をなして咲くことが多いので特に具合の好いものである。一体この花は、青い葉が無くて、茎のうえにずぼりと紅い特有の花を付けているので、渋味とか寂びとか幽玄とかいう、一部の日本人の好尚からいうと合わないところがある。そういう趣味からいうと、蔟生している青い葉の中から、見えるか見えないくらいにあの紅い花を咲かせたい
坂口安吾
曾我の暴れん坊 坂口安吾 出家の代り元服して勘当のこと ある朝、曾我の太郎が庭へでてみると、大切にしている桜の若木がスッポリ切られている。 「何者のイタズラかな」 しかし切口を見ると、おどろいた。直径二寸五分ほどもある幹を一刀両断にしたもの、実に見事な切口。凡手の業ではない。しかし、かほど腕のたつ大人がこんなイタズラはしそうもない。イタズラしそうな奴といえば
海野十三
ルパン式盗難 その朝、志々戸伯爵は、自分の書斎に足を踏み入れるや、たちまち大驚愕に襲われた。 それは書斎の壁にかけてあったセザンヌ筆の「カルタを取る人」の画に異常を発見したためである。 零落した伯爵の今の身にとって、この名画は、唯一の宝でもあったし、また最高の慰めでもあったのだ。この名画ばかりは、いくら商人から高く買おうといわれても、いつもはっきり断った。
斎藤茂吉
最上川 斎藤茂吉 最上川は私の郷里の川だから、世の人のいふ『お国自慢』の一つとして記述することが山ほどあるやうに思ふのであるが、私は少年の頃東京に来てしまつて、物おぼえのついた以後特に文筆を弄しはじめた以後の経験が誠に尠いので、その僅の経験を綴り合せれば、ただ懐しい川として心中に残るのみである。 十三歳の時に上山小学校の訓導が私等五人ばかりの生徒を引率して旅
上村松園
今でこそ洋画にしろ日本画にしろ、モデルというものが大きな問題となっているが、今から四、五十年も前の我が画壇をふり返ってみると、そんなものはまるでなかった。 私の最初の展覧会出品画は「四季美人図」であって、これは明治二十三年、東京で開かれた第三回勧業博覧会に出品したもので、当時まだ十六歳の若年であった。 今から思ってみれば、若々しく子供っぽいものであったが、モ
宮本百合子
最初の問い 宮本百合子 どんな育児の本も、必ずとり落しなく触れている一つのことがあります。それは幼い子供たちが次第次第に智慧づいて来たとき、心の目醒めを告げる暁の声としてきっと、「それは、なあぜ?」「どうしてそうなの?」と熱心に答えを求める。これこそ人間の叡智の芽であるから、決しておろそかに扱ってはならないということです。幼児について云われているこのことは、
竹久夢二
最初の悲哀 竹久夢二 街子の父親は、貧しい町絵師でありました。五月幟の下絵や、稲荷様の行燈や、ビラ絵を描いて、生活をしているのでありました。しかし、街子はたいそう幸福でした。というのは、父親は街子を、このうえもなく愛していたし、街子もまた父親を世の中で一番えらくて好い人だと思っていました。母親が早くなくなったので、街子は小学校を卒業すると、家にいて、父親のた
カフカフランツ
ある空中ブランコ乗りは――よく知られているように、大きなサーカス舞台の円天井の上高くで行われるこの曲芸は、およそ人間のなしうるあらゆる芸当のうちでもっともむずかしいものの一つであるが――、はじめはただ自分の芸を完全にしようという努力からだったが、のちにはまた横暴なほどになってしまった習慣から、自分の生活をつぎのようにつくりあげてしまった。つまり、一つの興行で
佐藤春夫
某年某月某日――この日づけは當時の彼の手紙を見ればはつきりわかる。その頃の手紙は二通か三通――全集にも未收のものが保存してある――ただ北海道にゐる弟が珍重して持つて行つてしまつて返却しない。手もとに置く必要があると幾度も言つてやるのに今だに返却しない。甚だ困る不都合千萬である。この男は何でも人のものを欲しがつて困る。本號にもこの手紙のうつしでも提供すれば有益
海野十三
この秘話をしてくれたN博士も、先々月この世を去った。今は、博士の許可を得ることなしに、ちょっぴり書き綴るわけだが、N博士の霊魂なるものがあらば、にがい顔をするかもしれない。 以下は、N博士の物語るところだ。 私は大正十五年十二月二十六日の昼間、霧島の山中において、前代未聞の妖怪に出会った。 当時私は、冬山における動物の生態研究をつづけていたのだ。 私はキャン
ドイルアーサー・コナン
気が重いけれども私は今、愛用のペンを取ってこれを認める――わが友人シャーロック・ホームズ氏を傑物たらしめるあの非凡な才能を書き留める最後の言葉として。これまでとりとめもなく、(重々自覚しているが)まったく力不足にも、私は友人とともに経験した怪事件の数々を、いくぶんなりとも記録しようと努めてきた。偶然ふたりが出会った『緋のエチュード』のあの頃から、国家間の深刻
北村透谷
最後の勝利者は誰ぞ 北村透谷 人生は戦争の歴史なり。刀鎗銃剣は戦争にあらず。人生即ち是れ戦争。世を殺せし者必らずしも虚栄に傲る勝利者のみにはあらじ、力ある者は力なき者を殺し、権ある者は権なき者を殺し、智ある者は智なき者を殺し、業ある者は業なき者を殺し、世は陰晴常ならず、殺戮の奇巧なるものに至つては、晴天白日の下に巨万の民を殺しつゝあるなり。銃鳴り剣閃めき、戦
内田魯庵
大杉とは親友という関係じゃない。が、最後の一と月を同じ番地で暮したのは何かの因縁であろう。大杉が初めて来たのは赤旗事件の監房生活から出獄して間もなくだった。淀橋へ移転してから家が近くなったので頻繁に来た。思想上の話もしたし、社会主義の話もしたが、肝胆相照らしたというわけでもないから多くは文壇や世間の噂ばなしだった。 大杉は興味がかなり広くて話題にも富んでいた
仲村渠
氷になつて午后一時 A広場のまんなかで消えてしまう。 贈つてもらつた独逸製の目醒し時計の中に隠れるから燈台の尖へあがつていつて海の方へ力いつぱい抛つてくれたまへ。 太平洋のまんなかには、ちツちやくて綺麗な魚はゐないだらうかかならず僕を喰べてほしい、豆になつて跳びこむから。 せツちやん。君は僕のいふことを聞いてはくれぬ故、僕は以上三ツのいづれかを実行します。で
マクラウドフィオナ
ふいと見た夢のように私は幾度もそれを思い出す。私はその思い出の来る心の青い谿そこを幾度となくのぞき見してみる、まばたきにも、虹のひかりにも、その思い出は消えてしまう。それが私の霊の中から来る翼ある栄光であるか、それとも、幼い日に起った事であったか、よく見極めようとして近よる時――それは、昼のなかに没するあけぼのの色のように、朝日に消える星のように、おちる露の
中谷宇吉郎
アルゼンチンのペロンが遂に失脚した。ほとんど最後の獨裁者といってよかったペロンも、到頭多年に亙る獨裁政權から追放されて、危く國外に身をもって逃れる悲境に陷った。前にこの話の中に、アルゼンチンのインフレの話を書いたが、あれから一月も經たないうちに、最後の破局に到達したわけである。 今回のクーデターは、カソリック彈壓の餘波が、多年の軍部の不滿を爆發に導いたといわ
新美南吉
旧の正月が近くなると、竹藪の多いこの小さな村で、毎晩鼓の音と胡弓のすすりなくような声が聞えた。百姓の中で鼓と胡弓のうまい者が稽古をするのであった。 そしていよいよ旧正月がやって来ると、その人たちは二人ずつ組になり、一人は鼓を、も一人は胡弓を持って旅に出ていった。上手な人たちは東京や大阪までいって一月も帰らなかった。また信州の寒い山国へ出かけるものもあった。あ
牧野信一
一、貴方の最も愛せらるゝ小説・劇・映画の作中人物 二、右愛せらるゝ理由 一、樋口一葉『たけくらべ』の美登利。夏目漱石『坊ちやん』の主人公。菊池寛『啓吉物語』の啓吉。 二、以上、理由とてもなく。 ●図書カード
パイパーヘンリー・ビーム
アシュレー・ハンプトン大佐(*1)は葉巻を噛んで己をリラックスさせようと努めた。その視線は徐々に部屋の中を横切っていき、高い書棚に並んだ本の背のモザイク模様の上でしばらく揺蕩い、カーペットの色褪せたパステルに散る陽の光を捉え、フランス窓の外に広がる秋の風景の柔和な色彩から、壁を飾るインディアンやフィリピン人やドイツ人の武器の戦利品へと移った。ここ「グレイロッ
佐藤春夫
いやしくもレディの雑誌に、滅相もないこんな欄を設けたものだ。しかもそれが読者によつて迎へられると聞いては、もうすつかり顔まけで、また何をか言はんやといふ気持である。わたくしはそんな時代おくれの老人であると、先づそれをご承知置きありたい。 小島政二郎だのさては舟橋聖一、その他、こんな話題を巧みにこなす諸公がおほぜいゐるなかから、何でわたくしに白羽の矢を立てたも
羽仁もと子
人の世になによりも楽しいものは仕事である。張り合いのあるものは仕事である。もしも私たちにすることが与えられてなかったら、毎日どんなにつまらないものだろう。 田園の人は、きょう耕した畑に、あすは種子をまこうと思って楽しく眠る。織りかけている機は、あすは終わるであろうと、ある人は待ちのぞむ。市の人は朝はやく起きて店を飾り、またある人々は足を早めて、事務所に工場に