Vol. 2May 2026

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通俗性・大衆性・普遍性

岸田国士

通俗性・大衆性・普遍性 岸田國士 演劇に限らず、芸術作品の通俗性とか大衆性とかが問題になつてゐる。 通俗性と大衆性の区別は、もつとはつきりさせねばならぬが、これは簡単に通俗性とは、芸術的教養なき一般俗衆に、安価な興味と感激を強ふる体の要素を盛つたもので、大衆性とはかかる俗衆の意味でなく、階級としての一社会層の意欲並に好尚を目標とし、人間としての素朴にして健や

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“にんじん”を観て

岸田国士

“にんじん”を観て 岸田國士 映画「にんじん」をみて、第一に感じたことは、監督デユヴイヴイエが、単にルナアルの小説及び戯曲からその主題を藉りたといふばかりでなく、ルナアル流の「文章的表現」を、映画のリズムによつて組立てやうと試みてゐることだ。 「イメージの猟人」たる原作者は或る意味に於て、キヤメラの魂に通ずるものがあるかも知れぬが、悲しい哉、暗示と省略の二点

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女優リイヌ・ノロのこと

岸田国士

女優リイヌ・ノロのこと 岸田國士 最近 L'Assommoir といふ仏蘭西の発声映画を見る機会を得た。ゾラの小説を可なり忠実に脚色したものであり、画面全体は、例の自然主義的ロスリイに堕してはゐるが、出演俳優が悉く仏蘭西の舞台俳優であり、それらの俳優が、思ふ存分、「舞台的演技」を試み、監督がまたそれに見惚れた如くカメラを向けさせてゐる点で、一種の興味を惹いた

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なんとかせねばならぬ

岸田国士

なんとかせねばならぬ 岸田國士 僕はこの十年以来、芝居についての意見又は感想を書きつづけて来た。 十年前と今日とでは、局部的には可なり事情が変つてゐるやうだが、劇壇全般の空気といふものは、依然、僕の「健康」には適しないもののやうである。 僕の望んでゐることは、せめて、自分の周囲に、純粋な「演劇的雰囲気」を感じたいといふことで、そのために、重複を厭はず、同じこ

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周囲に聴く

岸田国士

周囲に聴く 岸田國士 新劇を繞る論議 近頃芝居に関する諸家の意見といふやうなものを瞥見すると、いろいろ興味のある問題が含まれてゐるやうである。が、それらの問題をいちいち取り上げて批判論議を試みるといふことは、やや大儀である。なぜなら、文字の上ではとかく誤解が生じ易く、その誤解を互に解き合ふためには、万事を棄ててかかつてもなほ足りないほどの努力が必要だからであ

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신극계의 요즘

新劇界の昨今

岸田国士

新劇界の昨今 岸田國士 一 十年前(つまり震災直後)の新劇界は、戯曲の方面から見ても舞台の実際運動の方面から見ても、確かに華やかな時代であつたといへるが、その時代は新劇といふものは、まだ西洋劇あつての新劇であつた。西洋の新しい演劇的な傾向がつぎつぎに紹介されて、その目新らしさで新劇界一般がともかく生命を繋いでゐたといふ状態であつた。 作家の側でもさういふ風に

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新劇の自活

岸田国士

新劇の自活 岸田國士 新劇といふ言葉も、可なり古くなつた。そして、新劇といへば、もう世間で、あああれかと思ふやうになつた。 ところが、われわれの目指してゐるのは、そんなものではない筈である。少くとも、今日、情実を離れて新劇を云々する者は、現在の新劇に幾分愛想をつかし、なんとかならぬものだらうかといふ嘆声をひとしく漏らしてゐる。 ある者は、新劇が面白くないと云

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小劇場記念公演 「ハムレット」を観る

岸田国士

シェイクスピイヤ作、坪内逍遥博士訳「ハムレット」五幕二十場の演出である。 番付を見るとかう書いてある―― 「ハムレット劇の全曲上演といふことは、沙翁時代を去つて以来、世界の舞台で嘗て演ぜられたことを聞かない。五幕二十場の全場面全場景をノオカットで敢て上演するに至つたわれわれの意図は、要するに、多分に演劇的に沙翁の『ハムレット』に対する現在演劇意識による演劇価

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標題のつけ方

岸田国士

標題のつけ方 岸田國士 小説や戯曲の標題について、いろいろ知つてゐることを書けといふ註文で、これは恐らく試験ならば応用問題に属するのであらうが、私は、創作科の一学生として、今から与へられた枚数の答案を作つてみるつもりである。 ★ 標題とは、つまり、作品の名刺みたいなものである。名刺といふものは、当人の自己紹介に役立つものであるが、それは決して肩書のみがものを

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『十二月』

岸田国士

『十二月』 岸田國士 これは本誌(前同)四月号の頁をあらまし占領した小山祐士君の力作だ。前に、川口、伊賀山両君の大作といひ、当今、百枚に余る作品を自由に発表し得る幸運は、劇作同人諸君に限り与へられてゐるの観がある。 しかも、『十二月』は、なかなかの佳作である。粗末な力作は、愚劣な小品より罪が重いのであるが、見事な大作は、片々たる傑作よりも声を大にして褒めたく

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新劇の観客諸君へ

岸田国士

新劇の観客諸君へ 岸田國士 私は、たしか去年の正月、某新聞の需めによつて、「劇壇へ」といふ一文を発表しました。今、築地座(多分宣伝部から)の依頼で何か書かなければならないのですが、ふと思ひついたのは、その「劇壇へ」といふ文章の中で、紙数がないために、云ひ尽さなかつた一項目、即ち、「観客へ」の希望を、この機会に敷衍させて貰はうと思ふのです。 さて、便宜上、その

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著作者側の一私見 ――出版権法案について――

岸田国士

世間は、出版権と著作権とが飽くまで相反する利害の上に相争ふものであると誤認してゐるやうであるが、それは悪出版者と不良著作者との間に限ることで、寧ろ出版権法の精神は、対著作者の関係以上に、同業者間の職業的良心に訴ふべき性質のものであること、著作権法と同様である。元来、出版者並に著作者は、一種相互扶助的存在で、互に相犯さず、両々相まつて始めて事業の生産的文化的意

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純粋演劇の問題 ――わが新劇壇に寄す――

岸田国士

一 あらゆる芸術の部門を通じて演劇の理論といふものは、特にこれを実際に「試み」る機会が少く、従つて、その理論に確乎たる根柢を築くのに容易でない事情にある。 所謂「近代劇運動」の史的考察が、この意味で絶えずその中心を見失はれようとする傾きがあることも、われわれは既に気づいてゐるのである。 十九世紀後半に於ける諸芸術の「純化運動」に、演劇も後れ馳せながら参加した

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巴里の新年

岸田国士

巴里の新年 岸田國士 旅の眼に映じた外国の正月をといふお需めで、一昔前の記憶から探してみたが、其処にはほとんど、「お正月」といふものがない。我々の頭に幼少の頃から浸み込んでゐるお正月、新年、といふものとは、およそかけ離れたものであつた。古い一年が逝き、新しい年が来るといふ事を、我々の祖先が何故こんなに重大事とし華やかな儀式を以つて迎へる様になつたか、その穿鑿

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テアトル・コメディイの二喜劇

岸田国士

テアトル・コメディイの二喜劇 岸田國士 金杉惇郎君は、なかなかの理論家で、演劇の実際家としても、一つの勇敢な主張を振り翳し、着々、劇界の地歩を占めつつあることは、私はじめ期待と興味をもつて眺めつつあるのであるが、同君は、先頃、「劇作」誌上に、日本の新劇が面白くないわけは、「歌ふな話せ、踊るな動け」といふ古臭い信条を今だに墨守してゐるからで、これからの新劇は、

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築地座の『旧友』

岸田国士

築地座の『旧友』 岸田國士 エドモン・セエの「旧友」は、辰野隆氏によつて巧みな翻案が企てられ、私が予て主張する「西洋劇の消化」が、ここに、一個の前例なき舞台的見本を提供したことは、ひそかに快とするところだ。 勿論、あの舞台に、西洋劇のもつ「エキゾチズム」を求めるなら求める方が無理で、そこは翻案者の意図に俟つべきであるが、それだけ、原作の「戯曲的スタイル」を保

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東京朝日新聞の劇評

岸田国士

東京朝日新聞の劇評 岸田國士 近頃変つた試みだと思ふのは、東京朝日がこの春あたりから始めた劇評の形式である。これは結局、一二の人を除き、今日、専門の劇評家として、大新聞の劇評を担当させるやうな見識才能ある人物がゐない結果、苦肉の策として考へ出された「名案」であらうと思ふが、私は、可なり興味をもつて、これを迎へたものの一人である。今日までなかには、責任のがれの

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新劇の行くべき途

岸田国士

新劇の行くべき途 岸田國士 事変下の所謂「思想統制」が演劇興行の上にまで及んで来たことは、これは止むを得ないものとして、われわれは寧ろ積極的に、その結果を本来の目的に副はしめるやう努力しなければならぬと思ふ。 営利本位の劇場が、それぞれ上演目録の一部を「時局向き」に着色しはじめたことについては、今私は何も云ふことはない。つまり「思想」のないところに統制もなく

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北支物情

岸田国士

北支物情 岸田國士 旅行前記 今度文芸春秋社が私に北支戦線を見学する機会を与へてくれたことを何よりもうれしく思ふ。 特派員といふ名義であるが、私のやうなものがジヤアナリストとしての使命を果し得るかどうか疑問である。この点は、社でも多くの期待はかけてゐないらしいから、甚だ肩の荷が軽いわけである。 私は、むろん、作家として眼近に戦争現地の面貌を凝視し、そこに想像

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戦死した友田恭助氏

岸田国士

戦死した友田恭助氏 岸田國士 友田君戦死の通知を受けて、かねて覚悟はしてゐたことながらまだ半信半疑の気持である。 俳優としての友田君は築地小劇場時代から知つてはゐたが、本統に知り合つて一緒に仕事をしはじめたのは昭和七年二月築地座結成以来である。 築地小劇場解散以後『新築地』『左翼劇場』『地球座』等左翼的傾向をもつた新劇団が続出し、それにつれて多くの新人俳優が

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上海で戦死した友田恭助君

岸田国士

上海で戦死した友田恭助君 岸田國士 友田君の初舞台は新劇協会だが築地小劇場が出来て其メムバーになつたのが大体新劇俳優としてのハツキリした出発点である。友田君の存在が新劇界で重要なものになつたのは小劇場の分裂に際して左翼的傾向と対立的な側の一代表者になつたときからだと思ふ。ただ左翼劇全盛時代に彼としては自分の立場に立つて仕事をすることに色々悩みや困難があつたと

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旅の苦労

岸田国士

旅の苦労 岸田國士 旅行は好きか、と、よく人に訊かれる。私はいつも、生返事をする。好きでないこともないが、さう楽しい旅をしたといふ経験もないからである。好きでないこともないといふのは、旅の空想を私は屡々するし、空想の旅は、一種の解放であるから、心おのづから軽やかならざるを得ぬ。 では、実際に旅をして、なぜ楽しいと思つたことが少いかと云へば、これにはいろいろ理

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新劇の大衆化

岸田国士

新劇の大衆化 岸田國士 商業劇場の口吻を真似て、所謂新劇団体が、なにかと云ふと脚本難を訴へてゐる。そして、とゞのつまり、西洋劇の翻訳といふことになる。「大物主義」で行くのが興行成績をあげる唯一の道だと思つてゐるからである。 × 勿論、書きなぐりの片々たる創作ものは、どういふ意味からも新劇を育てる力はないのだが、度々云はれてゐる通り、翻訳劇時代は一応過ぎたもの

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新劇の分類

岸田国士

新劇の分類 岸田國士 近頃一部の演劇評論家の間に、「進歩的演劇」といふ言葉が使はれてゐる。これには勿論特別な意味を含ませてあるのであつて、僕たちの書くものはその部類にははひらないらしい。別に入れてもらはなくてもいゝが、そんな勝手な名前をどんな演劇が独占してゐるかといふと、旧左翼系のイデオロギイをちよつぴり臭はせたもの、即ち社会主義的問題劇なのである。 × 嘗

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