Vol. 2May 2026

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球根

寺田寅彦

球根 寺田寅彦 九月中旬の事であった。ある日の昼ごろ堅吉の宅へ一封の小包郵便が届いた。大形の茶袋ぐらいの大きさと格好をした紙包みの上に、ボール紙の切れが縛りつけて、それにあて名が書いてあったが、差出人はだれだかわからなかった。つたない手跡に見覚えもなかった。紙包みを破って見ると、まだ新しい黄木綿の袋が出て来た。中にはどんぐりか椎の実でもはいっているような触感

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球皮事件

中谷宇吉郎

この話は寺田先生が航空船の爆発の原因を調査された時の研究室の内部の話である。もう十三、四年も前の話であるし、その当時新聞にも、通俗科学の雑誌にもこの内容は出たことがある。それにさらに詳しい研究報告も英文で書かれて理研の報文に当局の許可を得て出版されているのだから、今頃書くのは少し陳腐の感がないでもないが、それだけに別に差し障りのあることもないだろうと思われる

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球突場の一隅

豊島与志雄

球突場の一隅 豊島与志雄 一 夕方降り出した雨はその晩遅くまで続いた。しとしととした淋しい雨だった。丁度十時頃その軽い雨音が止んだ時、会社員らしい四人達れの客は慌しそうに帰っていった。そして後には三人の学生とゲーム取りの女とが残った。 室の中には濁った空気がどんよりと静まっていた。何だか疲れきったような空気がその中に在った。二つの球台の上には赤と白と四つの象

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理想の女

豊島与志雄

理想の女 豊島与志雄 私は遂に秀子を殴りつけた。自然の勢で仕方がなかったのだ。 私は晩食の時に少し酒を飲んだ。私達は安らかな気持ちで話をした。食後に私はいい気持ちになって――然し酔ってはいなかった――室の中に寝転んだ。電灯の光りを見ていると、身体が非常にだるく感じられた。秀子は室の隅の小さな布団に、みさ子を寝かしつけていた。その方へ向いて私は、「おい枕を取っ

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理想の女

坂口安吾

理想の女 坂口安吾 ある婦人が私に言つた。私が情痴作家などゝ言はれることは、私が小説の中で作者の理想の女を書きさへすれば忽ち消える妄評だといふことを。まことに尤もなことだ。昔から傑作の多くは理想の女を書いてゐるものだ。けれども、私が意志することによつて、それが書けるか、といふと、さうはたやすく行かない。 誰しも理想の女を書きたい。女のみではない、理想の人、す

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琉球史の趨勢

伊波普猷

私は今日郷土史に就いて鄙見を述べたいと存じます。すなわち琉球の代表的人物が自国の立場に就いて如何なる考えを懐いていたかということをお話致そうと存じます。一体世の大方の人は琉球史上の特殊の時代の人民がはたらきまた考えた結果を見て直ちに琉球史を一貫せる精神を捕えようとする傾きがありますが、これは余り宜しくない態度であります。慶長十四年の琉球入とか明治十二年の廃藩

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琉球に学ぶべきもの

志賀重昂

渡名喜島は沖縄島を離る、三十浬、周廻二里八町の弾丸黒子のみ。島人往々食糧に欠乏し蘇鉄の澱粉を製す。其製作法たる蘇鉄の幹の皮を剥ぎ輪切りにし乾燥し水に浸し、捏ね、晒し、辛苦容易に非ず。小学校の教師湯を注ぎ予に供して曰く「本島と一個月一回の汽船航通あれども風濤に依り時に汽船の寄泊せざることあり。今回も二個月間汽船到来せざりしが故に全島茶に欠けり。湯を供する失礼を

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琉球の宗教

折口信夫

琉球の宗教 折口信夫 一 はしがき 袋中大徳以来の慣用によつて、琉球神道の名で、話を進めて行かうと思ふ。それ程、内地人の心に親しく享け入れる事が出来、亦事実に於ても、内地の神道の一つの分派、或は寧、其巫女教時代の俤を、今に保存してゐるものと見る方が、適当な位である。其くらゐ、内地の古神道と、殆ど一紙の隔てよりない位に近い琉球神道は、組織立つた巫女教の姿を、現

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「琉球の宗教」の中の一つの正誤

折口信夫

「琉球の宗教」の中の一つの正誤 折口信夫 沖縄に於ける私の最信頼する友人は、学問や人格や、いろ/\な点から別々であるが、第一は、伊波普猷さんであり、その余にはまづ四人が浮ぶ。島袋源一郎さん・川平朝令さん、それから亡くなつた麦門冬末吉安恭さん・仲吉朝助翁である。今度、長年書きためた短文を集めて出したについて、これ等の方々の助力を思ひ出す種が多い。実は、その中の

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琥珀のパイプ

甲賀三郎

琥珀のパイプ 甲賀三郎 私は今でもあの夜の光景を思い出すとゾットする。それは東京に大地震があって間もない頃であった。 その日の午後十時過ぎになると、果して空模様が怪しくなって来て、颱風の音と共にポツリポツリと大粒の雨が落ちて来た。其の朝私は新聞に「今夜半颱風帝都に襲来せん」とあるのを見たので役所にいても終日気に病んでいたのだが、不幸にも気象台の観測は見事に適

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琥珀揚げ

北大路魯山人

この名前は、昭和十年ごろ、私が勝手につけたもので、てんぷらのようであって、てんぷらとも違うものだ。てんぷらより簡単にできるし、腕前がなくてもたやすくできる現代的な料理で、存外美味い。日常の料理にもなり、よそゆきの料理にもなる、便利な中国料理に似たものだ。 材料は、なるべく軽いさかなを用いるのがよい。例えば、いさき・えび・たい・さわら・すずきのようなさかなであ

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マクラウドフィオナ

コノール・マック・ネサの子コルマック、アイルランドの北の方ではコルマック・コンリナスという名で知られていたコルマックがアルトニヤ人の誓いのしるしの十人の人質の一人としてコネリイ・モルの許にあった時、彼はその力のため勇気のため又うつくしさのため男おんなに愛されていた。 彼は余の九人の仲間の最も丈たかい者よりも一寸ほど背が高かった、最も胸幅のひろいものよりなお二

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琴平

宮本百合子

琴平 宮本百合子 朝、めをさまして、もう雨戸がくられている表廊下から外を見て私はびっくりしたし、面白くもなった。私たちの泊った虎丸旅館というのは、琴平の大鳥居のほんとの根っこのところにあるのであった。廊下から眺める向い側の軒下は、ズラリと土産ものやである。いろんなものが、とりどりにまとまりなく、土産物やらしく並べたてられている。 私たちは、ゆうべ十二時すぎに

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琴のそら音

夏目漱石

琴のそら音 夏目漱石 「珍らしいね、久しく来なかったじゃないか」と津田君が出過ぎた洋灯の穂を細めながら尋ねた。 津田君がこう云った時、余ははち切れて膝頭の出そうなズボンの上で、相馬焼の茶碗の糸底を三本指でぐるぐる廻しながら考えた。なるほど珍らしいに相違ない、この正月に顔を合せたぎり、花盛りの今日まで津田君の下宿を訪問した事はない。 「来よう来ようと思いながら

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琴の音

樋口一葉

空に月日のかはる光りなく、春さく花のゝどけさは浮世万人おなじかるべきを、梢のあらし此処にばかり騒ぐか、あはれ罪なき身ひとつを枝葉ちりちりの不運に、むごや十四年が春秋を雨にうたれ風にふかれ、わづかに残る玉の緒の我れとくやしき境界にたゞよふ子あり。 母は此子が四つの歳、みづから家を出でゝ我れ一人苦をのがれんとにもあらねど、かたむきゆく家運のかへし難きを知る実家の

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琵琶湖の水

中谷宇吉郎

初めから汚い話で恐縮であるが、琵琶湖へ小便をしたら、水嵩はどれだけ変るかという問題がある。 これは一寸面白い問題であって、日本の政治家ならば、大抵の人は「どれだけかというくわしいことは技術者に計算させればすぐわかるが、とにかく極めて少量ではあるが、小便の分量だけは水嵩が増す」と答えるであろう。如何にもそのとおりのように聞える。しかしこれが一番の愚答なのである

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瑪瑙盤

林芙美子

瑪瑙盤 林芙美子 1 ミツシヱルは魚ばかり食べたがる女であつた。 魚屋の前を通ると、牡蛎籠の上に一列に並んでゐるレモンの粒々に、鼻をクンクンさせたり鮫の白い切り口を、何時までも指で押してみたりしては買へもせぬ癖に、何か口の中でブツブツものをいひながら、立ちつくしてゐることがあつた。 ミツシヱルは南フランスの生れで、髪は南国風に黒つぽい色をしてゐる。 「小さい

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環礁 ――ミクロネシヤ巡島記抄――

中島敦

寂しい島 寂しい島だ。 島の中央にタロ芋田が整然と作られ、その周囲を蛸樹やレモンや麺麭樹やウカルなどの雑木の防風木が取巻いている。その、もう一つ外側に椰子林が続き、さてそれからは、白い砂浜――海――珊瑚礁といった順序になる。美しいけれども、寂しい島だ。 島民の家は西岸の椰子林の間に散らばっている。人口は百七、八十もあろうか。もっと小さい島を幾つも私は見て来た

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環礁 ――ミクロネシヤ巡島記抄――

中島敦

寂しい島 寂しい島だ。 島の中央にタロ芋田が整然と作られ、その周圍を蛸樹やレモンや麺麭樹やウカル等の雜木の防風木が取卷いてゐる。その、もう一つ外側に椰子林が續き、さてそれからは、白い砂濱――海――珊瑚礁といつた順序になる。美しいけれども、寂しい島だ。 島民の家は西岸の椰子林の間に散らばつてゐる。人口は百七八十もあらうか。もつと小さい島を幾つも私は見て來た。全

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環魚洞風景

牧野信一

「まつたく、ひどい音響だね! あれは――もう僕は、大抵慣れたつもりなんだが、だがさつぱり駄目だよ。――これほど突拍子もないものになると、一日に何辺繰り反されても、その度にひどく驚かされるんだ、その余韻が消えるまでには、相当の時間を要するほどに――だ。……で、ね、もう起る時分だな、と、さう思つて、時にはね、いたづらな反抗心といふやつをもつてさ、つまり――何の、

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瓜子姫子

楠山正雄

瓜子姫子 楠山正雄 一 むかし、むかし、おじいさんとおばあさんがありました。ある日おじいさんは山へしば刈りに行きました。おばあさんは川へ洗濯に行きました。おばあさんが川でぼちゃぼちゃ洗濯をしていますと、向こうから大きな瓜が一つ、ぽっかり、ぽっかり、流れて来ました。おばあさんはそれを見て、 「おやおや、まあ。めずらしい大きな瓜だこと、さぞおいしいでしょう。うち

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瓢作り

杉田久女

瓢作り 杉田久女 今年私は瓢作りを楽しみに、毎朝起きるとすぐ畠へ出てゆく。 まづ門傍のポプラの枝へはひ登つて、ぶらりと下がつてゐる大瓢が一つ。これはまるでくくりのない、丁度貧乏徳利みたいにそこ肥りのした奴。私がこないだ虚子先生にお目にかかりに別府迄行つてきて、汗の単帯をときすてるとすぐ見に行つたら、ほんの二日の間に見違へるほど快よくまつ青く太つてゐた。あんま

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甘口辛口

坂口安吾

甘口辛口 坂口安吾 日本文学の確立といふことは戦争半世紀以前から主要なる問題であつた。近代日本文学の混乱低迷は輸入文学の上に日本的なるものを確立するための苦闘の結果であるとも云へる。それは政治や経済がその領域で日本的性格を必要とし問題としたよりも遥かに深刻で、作家はそこに血肉を賭けてゐたと言ふことが出来る。近頃は文学以外の場所で日本的道義の確立といふことが頻

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甘話休題

古川緑波

もう僕の食談も、二十何回と続けたのに、ちっとも甘いものの話をしないものだから、菓子については話が無いのか、と訊いて来た人がある。僕は、酒飲みだから、甘いものの方は、まるでイケないんじゃないか、と思われたらしい。 ジョ、冗談言っちゃいけません。子供の時は、酒を飲まないから、菓子は大いに食ったし、酒を飲み出してからだって甘いものも大好き。つまり両刀使いって奴だ、

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