詩に関する話
中原中也
詩に関する話 中原中也 一、序 近頃芸術は世界全般に亙つて衰へ、その帰趨を知らない。種々なる主義傾向によつて賑はつてゐるとは云へ、各人は衰弱し、独りゐては考へ込み、人と遇つてはカラ笑ひしてゐる。私も亦同様である。然るに今日私は過去五年間の暗中模索、傷ましき躁宴の後に、聊か芸術の泉なるものが依て以て存する所以に想ひ到つた。――どうぞ愚人の囈言も偶にはよいとして
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中原中也
詩に関する話 中原中也 一、序 近頃芸術は世界全般に亙つて衰へ、その帰趨を知らない。種々なる主義傾向によつて賑はつてゐるとは云へ、各人は衰弱し、独りゐては考へ込み、人と遇つてはカラ笑ひしてゐる。私も亦同様である。然るに今日私は過去五年間の暗中模索、傷ましき躁宴の後に、聊か芸術の泉なるものが依て以て存する所以に想ひ到つた。――どうぞ愚人の囈言も偶にはよいとして
薄田泣菫
私が第一詩集暮笛集を出版したのは、明治三十二年でしたが、初めて自分の作品を世間に公表しましたのは、確か明治二十九年か三十年の春で、丁酉文社から出してゐた『新著月刊』といふ文藝雜誌に投稿したのだつたと思ひます。丁酉文社といふのは、島村抱月、後藤宙外その他二三氏の結社で、事務所は東京牛込神樂坂を少し揚塲町の方につた後藤宙外氏の家においてあつたやうに記憶して居りま
梶井基次郎
詩集『戰爭』 梶井基次郎 私は北川冬彦のやうに鬱然とした意志を藏してゐる藝術家を私の周圍に見たことがない。 それは彼の詩人的 career を貫いてゐる。 それはまた彼の詩の嚴然とした形式を規定してゐる。 人々は「意志」の北川冬彦を理解しなければならない。この鍵がなくては遂に彼を理解することは出來ないであらう。 彼は「短詩運動」「新散文詩運動」を勝利にまで戰
中原中也
友人高森文夫の詩集、浚渫船が出た。僕が高森を知つたのは七八年前のことであるが、彼はその前から詩を書いて、日夏耿之介主宰の游牧記等に発表してゐた。僕なぞまだ何処にも発表しない頃のことだし、何れ高森の方が早く所謂詩壇に出るのであらうと思つてゐたが、游牧記の後では、石川道雄主宰の半仙戯、其の後は友野代三主宰の童説といつたあまり世間の表てに顔を出したがつてゐない雑誌
原民喜
一九四三年の秋であった。三年あまり便りのなかった長光太から葉書をもらった。葉書はつぎつぎに来るやうになった。暗いところから出された光太は、人の顔を見るたびに、しっぽを振りたくなる負け犬の気持がするといふことが書いてあった。葉書には横書の片仮名で書いた詩もあった。暗い牢獄から急に明るい海岸の砂丘におりたった人間の煮えたぎつ情感の詩であった。前から長光太は、人類
堀辰雄
私はいま自分の前に「窓」といふ、插繪入りの、薄い、クワルト判の佛蘭西語の詩集をひろげてゐる。その表題の示すごとく、ことごとく、窓を主題にした十篇の詩を集めたもので、そのおのおのに一枚づつ插繪が入つてゐるのである。 その詩のいづれもが、とある窓の下を通りすがりにちらつと垣間見たその内側の人生だの、或はその窓のみを通してその内側の人生と持ち合つたはかない交渉だの
小川未明
美しい翼がある天使が、貧しげな家の前に立って、心配そうな顔つきをして、しきりと内のようすを知ろうとしていました。 外には寒い風が吹いています。星がきらきらと枯れた林のいただきに輝いて、あたりは一面に真っ白に霜が降りていました。天使は見るもいたいたしげに、素跣で霜柱を踏んでいたのであります。 天使は自分の身の寒いことなどは忘れて、ただこの貧しげな家のようすがど
小川未明
春の川は、ゆるやかに流れていました。その面に、日の光はあたって、深く、なみなみとあふれるばかりの、水の世界が、うす青くすきとおって見えるように思われました。 この不思議な殿堂の内には、いろいろの魚たちが、おもしろおかしく、ちょうど人間が地の上で生活するときのように、棲息していたのであります。なかでも、小さな子供たちは、毎日群れをなして、水面へ浮かび、太陽の照
小川未明
町裏を小さな川が流れていました。川というよりは、溝といったほうがあたっているかもしれません。家々で流した水が集まって、一筋の流れをなしているのでありました。 ねずみは、その流れの岸に穴を掘って、もう長い間、そのところにすんでいました。ほかのねずみたちが、みんな家々の天じょう裏や、縁の下などに巣を造っているのに、このねずみばかりは、こうして、外のこんなむさくる
小川未明
あるところに、あまり性質のよくない男が住んでいました。この男は平気で、うそをつきました。また、どうしてもそれがほしいと思えば他人のものでも、だまってそれを持って帰りました。 こういう人間をば、世間は、いつまでも知らぬ顔をしておきませんでした。みんなは、だんだんその男をきらいました。その男と交際することを避けました。けれど、そんなことで、この男は、反省するよう
国枝史郎
探偵小説が一時より衰えたことは争われない。 雑誌が少くなった。大衆雑誌へもあまり探偵小説を掲載しなくなった。新聞へはほとんど全く探偵小説をのせなくなった。単行本も出さなくなった。 × 何故衰えたか? わかりきった話だ。 作が面白くなく、読者大衆が支持しなくなったからだ。 × 何故探偵小説が面白くなくなったか? わかりきった話だ。 既成作家がロクな作を書かず、
坂口安吾
ヒノエウマの話 坂口安吾 私の本名は炳五(ヘイゴ)という。男兄弟の五人目だから五の字がついてるが、炳はアキラカというような意味のほかにこれ一字でヒノエウマを表している字でもある。また、ヘイゴという音はヒノエウマの丙午に通じてもおって、ヒノエウマづくしのような名前だ。戸籍の半分を名前が表してるから便利でもあるが、齢がごまかせないような不便もある。甚だしく手のこ
小山清
昭和二十年の三月上旬に、B29が東京の下町を襲撃した際に、私は一人の年寄と連れ立って逃げた。その年寄のことを、なが年私はおじさんと呼んでいる。おじさんはそのとき、折りわるく持病の神経痛が出て跛をひいていたので、私は手を引いて逃げたのである。二人ともに身一つで逃げた。おじさんはいちど私のことをいのちの恩人だと云ったことがあるが、そんなに感謝される謂はなにもない
畔柳二美
私は、北海道で生れて、北海道で育ち、二十才をすぎてから上京して、三十代を関西で送った。私の父は東北出身だったので、東北のズーズー弁と、北海道生れの、やや標準語に近い母の言葉を手本に私は成長した。私の父は、たいていの品物の下に「こ」をつけて話した。 例えば、「あそこの娘っこは、いい娘っこだが、まだ、こつこの犬っこをいじめているようでは、本当のいい娘っことは、い
折口信夫
はちまきの話 折口信夫 一 現在の事物の用途が、昔から全く変らなかつた、と考へるのは、大きな間違ひである。用途が分化すれば、随つて、其意味もだん/″\変化して来る。はちまきの話は、ちようど此を説明するに、よい例になるだらうと思ふ。 さて、はちまきは、どういふ処から出たか、と今更らしく言ふまでもないが、被りものゝはちまきに到るまでに、幾度かの変遷を経てゐる。は
小川未明
おさくは、貧しい家に生まれましたから、小学校を卒業すると、すぐに、奉公に出なければなりませんでした。 「なに、私が、いいところへ世話をしてやる。」と、植木屋のおじいさんはいいました。 彼女の父親は、とうに死んでしまって、あわれな母親と暮らしてきました。おじいさんは、しんせつな人であって、なにかに、二人を気にかけてくれたのであります。 「工場へゆくよりか、夜は
小川未明
夏の初めになると、南の方の国から、つばめが北の方の国に飛んできました。そして、電線や、屋根の上や、高いところに止まって、なきました。広い野原の中を汽車がゆくときに、つばめは、電線の上に止まって、じっとながめていたこともあります。また、青い海辺に連なる電線に止まって、海の方を見ていたこともあります。けれど、また町の人家の店頭に巣を造って日が暮れるころになると、
折口信夫
まといの話 折口信夫 一 のぼりといふもの 中頃文事にふつゝかであつた武家は、黙つて色々な為事をして置いた。為に、多くの田舎侍の間に、自然に進化して来た事柄は、其固定した時や語原さへ、定かならぬが多い。然るに、軍学者一流の事始めを説きたがるてあひに、其がある時、ある一人のだし抜けの思ひつきによつて、今のまゝの姿をして現れた、ときめられ勝ちであつた。其話に年月
小川未明
あのときの、女の先生は、まだいらっしゃるだろうか。それにつけ、僕は、深く心にのこって、忘れられない当時の思い出があります。 しばらく、さくの外に立って、もう一度そのときのことを頭にえがき、自分の子供の時分をかえりみました。 どちらかといえば、僕は、内弁慶で、外では弱虫というのでしょう。幼稚園へも、なかなか一人ではいけなかったのでした。 「姉さん、ついていって
小川未明
お父さんの、大事になさっている植木鉢のゆずが、今年も大きな実を二つつけました。この二つは、夏のころからおたがいに競争しあって、大きくなろうとしていましたが、二つとも大きくなれるだけなってしまうと、こんどは、どちらが美しくなれるかといわぬばかりに、負けず劣らずにみごとな色合いとなりました。 年雄くんは、これを見ると、なんということなく悲しくなるのです。そして、
豊島与志雄
話の屑籠 豊島与志雄 田舎の旧家には、往々、納戸の隅あたりに、古めかしい葛籠が、埃のなかに置き忘れられてることがある。中に何がはいってるか分らないままで、誰の好奇心も惹かずに、ただ昔から其処にあったという理由だけで、相変らず其処に在る。それを誰も怪しまない。葛籠自身も怪しまずに、平然と埃に埋もれている。そして或る日、誰かが、偶然に、全く何の理由もなく、その蓋
小川未明
次の時代を建設する者が、今日の子供達であると知る時、私達は、未来への希望と理想を子供達に対して持たないであろうか。それ故に子供達の情智を啓発する読み物については、殊更厳粛な気持ちとならざるを得ないのであります。現在児童の雑誌は多数あるけれど、よく見ると、果たしてこれでいいのかという疑いが起こる。そして、それ等の読み物が、純真無垢な子供等に与える感化について、
折口信夫
一 ほうとする程長い白浜の先は、また、目も届かぬ海が揺れてゐる。其波の青色の末が、自づと伸しあがるやうになつて、あたまの上までひろがつて来てゐる空である。ふり顧ると、其が又、地平をくぎる山の外線の立ち塞つてゐるところまで続いて居る。四顧俯仰して、目に入る物は、唯、此だけである。日が照る程、風の吹く程、寂しい天地であつた。さうした無聊の目をらせるものは、忘れた
寺田寅彦
話の種 寺田寅彦 一 給仕人は電気 今春米国モンタナの工科大学で卒業生のために祝宴を開いた時、ボーイの代りに電気を使って御馳走した。一列に並べた食卓の真中に二条のレールを据え付け、この上を御馳走を満載した可愛らしい電車が徐々と進行する。卓の両側に陣取った御客様の前に来るごとに、宜しく召上がれと停車する。この給仕車の進退を食卓の片隅でやっていた主人役は、その学