遠くで鳴る雷
小川未明
二郎は、前の圃にまいた、いろいろの野菜の種子が、雨の降った後で、かわいらしい芽を黒土の面に出したのを見ました。 小さなちょうの羽のように、二つ、葉をそろえて芽を出しはじめたのは、きゅうりであります。 そのほかにもかぼちゃ、とうもろこしの芽などが生えてきました。 きゅうりは、だんだんと細い糸のようなつるを出しました。お母さんは、きゅうりの植わっているところに、
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小川未明
二郎は、前の圃にまいた、いろいろの野菜の種子が、雨の降った後で、かわいらしい芽を黒土の面に出したのを見ました。 小さなちょうの羽のように、二つ、葉をそろえて芽を出しはじめたのは、きゅうりであります。 そのほかにもかぼちゃ、とうもろこしの芽などが生えてきました。 きゅうりは、だんだんと細い糸のようなつるを出しました。お母さんは、きゅうりの植わっているところに、
西村陽吉
『万物は万人のものなり、何人の私有すべきものに非ず』この思想のいかに当然にして、しかして美しくして、しかして、いかに遠く我らの相距りたることよ! 我らは何物をも持たず、げに何物をも持たず、街を歩みて何物の一つをも、これを自由にし、使用し、消費する能わず、石ころの一つにも、一木の枝にも、その所有主の名は刻さる。 げに我らは、暖かなる日光に浴し、空気をも(その清
原民喜
夕方の外食時間が近づくと、彼は部屋を出て、九段下の爼橋から溝川に添い雉子橋の方へ歩いて行く。着古したスプリング・コートのポケットに両手を突込んだまま、ゆっくり自分の靴音を数えながら、 汝ノ路ヲ歩ケ と心に呟きつづける。だが、どうかすると、彼はまだ自分が何処にいるのか、今が何時なのか分らないぐらい茫然としてしまうことがある。神田の知人が所有している建物の事務室
坂口安吾
今回は揃っていたが、特に秀でたものがなかった。三浦朱門「斧と馬丁」、安岡章太郎「宿題」、武田繁太郎「朝来川」、庄野誠一「この世のある限り」、小山清「小さな町」、それに候補作の二ツ。いずれもチャンとした作品であるが、積極的にどれか一ツ推したいというものはない。 「雲と植物の世界」は前半だけ感心した。馬を書いてるうちは目をうたれるものがあったが、人間が現れたり戦
坂口安吾
「広場の孤独」は甚だ好評を得た作品のようですが、私は感心しませんでした。 日本の左翼文学がそうであったと同じように、自分の側でない者に対する感情的で軽々しいきめつけ方は、特に感心できません。つまり、この作者が人間全体に対している心構えの低さ、思想の根の浅さ、低さだろうと思います。文学はいつもただ「人間」の側に立つべきで、特定の誰の側に立つべき物でもありません
岸田国士
候補作品として私の手許に送り届けられた十篇のうち、特に一篇だけ傑出したといふものはなかつた。安岡章太郎の「悪い仲間」と「陰気な愉しみ」は、いづれも稀にみるすぐれた才能を示した短篇小説だが、これだけとしては出来栄えにやゝ物足りないところがある。この作者の仕事を私は「ガラスの靴」以来注目してゐたので、今期の(本年一月―六月)作品だけを対象とするこの賞の規定に従つ
岸田国士
今度は読みごたへのある作品が多く、だいたい粒がそろつてゐて、たいへん張り合ひがあつた。それだけにまたそのうちに幾篇かは、優劣をきめにくい長所に支へられてゐて、一篇を選びだすのに困難を感じた。 いろいろな文学賞があつて、それぞれ特色のある立場で、ほゞ限られた傾向のもののうちから、一応出来栄えのいいものを推すといふことであれば、このうちのいくつかは、おそらく何々
岸田国士
毎回おなじ疑問をくり返すことになるが、この芥川賞の性格を、もつとはつきりさせなければ、選そのものも徒らにむつかしくなるし、賞の意味もそのために、稀薄になりはせぬかと思ふ。これは、選者の一人として外部に発表すべき意見ではないかも知れぬが、やはり、責任上、銓衡の結果について、もう少し割りきれたところを世間に公にした方がよいと思ふので、例へば、宇野浩二氏などの反対
長瀬金平
明治四十四年十一月十九日! 我が大東の健児が近く世界の体育競争場裡に於て鉄脚の勁さを試すべく、東京府下羽根田の運動場に於て国際予選の大競走を行つた日である。 此日密雲低く垂れて寒気凛烈、男性的競技に持つて来いの天気、四周の観覧席は立錐の余地なき盛況を呈した。午前九時用意全く成る、羽根田原頭を見渡せば雪白の布を以て劃せる発走線には前日の予選に天晴先着の名誉を得
坂口安吾
選挙殺人事件 坂口安吾 三高木工所の戸口には、 「選挙中休業」のハリガミがでている。候補者の主人はそれですむであろうが、従業員は困るだろう。近所の噂をきいてみると、 「従業員たって、小僧のようなのも合わせて七八人の事ですよ。みんな選挙運動に掛りきりですから、商売は休業でも多忙をきわめているのですよ」という話であった。三高吉太郎という人物は、終戦後この土地へ現
黒島伝治
選挙漫談 黒島傳治 投票を売る 投票値段は、一票につき、最低五十銭から、一円、二円、三円と、上って、まず、五円から、十円どまり位いだ。百姓が選挙場まで行くのに、場所によっては、二里も三里も歩いて行かなければならない。 ところが、彼等は遊んでいられる身分ではない。丁度、秋蚕の時分だし、畑の仕事もある。そこで、一文にもならないのならば、彼等は棄権する。二里も三里
岸田国士
ラヂオ・ドラマ選者の言葉 岸田國士 ラヂオ文学といふ新しい様式について、私は常に興味をもち、なにか原理的なものを発見しようと心掛けてゐるのだが、放送局との関係も、別にそのために特殊な便宜を与へられてゐるわけではないから、なかなか思ふやうに研究もできないでゐる。 今日まで、ラヂオ・ドラマと称せられてゐる一種の形式も、自分だけの頭では、いろいろな空想が結びついて
宮本百合子
選評 宮本百合子 予選をとおった十八篇の原稿が回されてきた。そのなかでは「電池」(富田ミツ)が一番すぐれている。落付きをもった筆で、いきいきと今日の学童の生活雰囲気、その間におこる小事件が描かれ、歪んだ苦しい社会相もそのかげに映しだされている。はじめ学校全体から理科用電池を盗んだと思われたうすのろの伍助の姿、やがてほんとは松井という少年がそれをとったという事
岸田国士
批評は科学でもあり芸術でもあるといふ意味に於て、サント・ブウヴは正に批評家の典型である。批評の対照は彼によつて概ね例外なく鋭いメスを加へられ、そして、隠れた美質をつまみ出された。フランス文学の理解は、彼の「毒舌」に負ふところが多いことを、誰でも認めるだらうが、たゞ批評に魅せられることを望むものも亦、彼の業績を一瞥すべきである。 ●図書カード
小酒井不木
遺伝 小酒井不木 「如何いう動機で私が刑法学者になったかと仰しゃるんですか」と、四十を越したばかりのK博士は言った。「そうですねえ、一口にいうと私のこの傷ですよ」 K博士は、頸部の正面左側にある二寸ばかりの瘢痕を指した。 「瘰癧でも手術なすった痕ですか」と私は何気なくたずねた。 「いいえ、御恥かしい話ですが……手っ取り早くいうならば、無理心中をしかけられた痕
坂口安吾
遺恨 坂口安吾 梅木先生は六十円のオツリをつかんで中華料理店をとび出した。支那ソバを二つ食ったのである。うまかったような気がする。然し、味覚の問題ではない。先生は自殺したくなっていた。インフレ時代に物を食うということが、こんなミジメなものだとは。お金をだしながら乞食の自覚を与えられたのであった。 梅木先生は裏口営業とはどんなものか知らなかった。終戦以来、料理
窪田空穂
数日前、巣鴨拘置所内に、死刑囚として拘置されている島秋人君から来状があり、今度はからずも、篤志の方々の厚情によって、「遺愛集」と題している自分の歌集が出版されることになった。ありがたい次第であるといって、その方々との心つながりを、言葉短く知らせて来た。心つながりは、何れも同君が、「毎日新聞」の歌壇に投稿している短歌で、選者としての私の選に入選した作をとおして
島秋人
窪田空穂 数日前、巣鴨拘置所内に、死刑囚として拘置されている島秋人君から来状があり、今度はからずも、篤志の方々の厚情によって、「遺愛集」と題している自分の歌集が出版されることになった。ありがたい次第であるといって、その方々との心つながりを、言葉短く知らせて来た。心つながりは、何れも同君が、「毎日新聞」の歌壇に投稿している短歌で、選者としての私の選に入選した作
島秋人
春分の日が近い。そとには私の好きな菜の花が咲いているだろうか。この罪を犯してから六年になろうとしている。一日、一日がかけあしで過ぎた感がする。罪人の心が有形のもの、無形のものに育くまれ、その情に洗われた裸の思念が数百首の短歌となり、この「遺愛集」となった。感謝であり、幸せである。ひと頃の私を知る人は変ったと思うだろうし、又、自身でもそうと感じて生きている。
岸田国士
今期は該当作品なし、といふ決定をみた経過については、私から特に説明する必要はないと思ふ。私もそれに異議はなかつた。 候補作品九篇は、それぞれに候補作品たる理由と資格とをもつてゐたのだから、それにふさはしい特質だけは備へてゐるものだが、さて、そのうちから特に授賞の価値あると認められる作品が一篇もなかつたといふこと、しかも、出席委員がほとんど例外なくその意見に同
西郷隆盛
遺教 西郷隆盛 死生の説 孟子曰ク。殀壽不レ貳。修メテレ身ヲ以俟ツレ之ヲ。所二以立ツル一レ命ヲ也。(盡心上) 殀壽は命の短きと、命の長きと云ふことなり。是が學者工夫上の肝要なる處。生死の間落着出來ずしては、天性と云ふこと相分らず。生きてあるもの、一度は是非死なでは叶はず、とりわけ合點の出來さうなものなれども、凡そ人、生を惜み死を惡む、是皆思慮分別を離れぬから
神西清
ジェイン・グレイ遺文 神西清 チュドル王朝第三代エドワアド六世の御宇のこと、イングランドのほぼ中央リスタアの町に程遠からぬ、ブラッドゲイト城の前庭を、のちのエリザベス女王の御教育掛、碩学ロウジャ・アスカムが横ぎつて行く。季節は卯薔薇の花乱れ咲く春、それも極くのどかな午さがりと思ひたい。霧の深い秋のことではなかつたらう。アスカムの齢は三十六か七か、それにしては
尾崎秀実
遺書 尾崎秀実 拝啓 昨日はおいそがしいところを貴重な時間を割き御引見下され有難う存じました。先生のいつに変らず御元気な御様子をまことに心強く存ぜられました。さてその際先生より私身、後のことについて御示唆がありましたので、遺言と申す程のことはありませんが、家内へ申し伝えたい言葉を先生までお伝え致しおき、小生死後先生よりお伝え願ったらいかがなものかと、ふと心付
原民喜
遺書 原民喜 原守夫氏宛 遺書 長い間御世話になりました 後に思ひ残すことは何もありません あまりあてにもなりませんがもし今後私の著書が出版された際にはその印税を時彦に相続させて下さいみなさんによろしく 原民喜 原守夫様 永井すみ子氏宛 長い間 御世話にばかりなりました 貞恵と死別れて六年あまりも生きてまいりました もう後に思ひ残すことは何もありません そち