雪だるま
小川未明
いいお天気でありました。もはや、野にも山にも、雪が一面に真っ白くつもってかがやいています。ちょうど、その日は学校が休みでありましたから、次郎は、家の外に出て、となりの勇吉といっしょになって、遊んでいました。 「大きな、雪だるまを一つつくろうね。」 二人は、こういって、いっしょうけんめいに雪を一処にあつめて、雪だるまをつくりはじめました。 そこは、人通りのない
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小川未明
いいお天気でありました。もはや、野にも山にも、雪が一面に真っ白くつもってかがやいています。ちょうど、その日は学校が休みでありましたから、次郎は、家の外に出て、となりの勇吉といっしょになって、遊んでいました。 「大きな、雪だるまを一つつくろうね。」 二人は、こういって、いっしょうけんめいに雪を一処にあつめて、雪だるまをつくりはじめました。 そこは、人通りのない
寺田寅彦
学校の昼の休みに赤門前の友の下宿の二階にねころんで、風のない小春日の温かさを貪るのがあの頃の自分には一つの日課のようになっていた。従ってこの下宿の帳場に坐っていつもいつも同じように長い煙管をふすべている主婦ともガラス障子越しの御馴染になって、友の居ると居ないにかかわらず自由に階段を上るのを許されていた。 ここな二階から見ると真砂町の何とか館の廊下を膳をはこぶ
葛西善蔵
『では誰か、雪をんなをほんとに見た者はあるか?』 いゝや、誰もない。しかし、 『私とこの父さんは、山からの歸りに、橋向うの松原でたしかに見た。』 『そんなら私とこの祖父さんなんか、幾度も/\見てる。』 『いや私とこのお祖母さんは、この間の晩どこそこのお産へ行つた歸り、どこんとこの屋敷の前で、雪をんなが斯う……赤んぼを抱いて、細い聲して云つてたのを確かに聽いた
黒島伝治
雪のシベリア 黒島傳治 一 内地へ帰還する同年兵達を見送って、停車場から帰って来ると、二人は兵舎の寝台に横たわって、久しくものを言わずに溜息をついていた。これからなお一年間辛抱しなければ内地へ帰れないのだ。 二人は、過ぎて来たシベリヤの一年が、如何に退屈で長かったかを思い返した。二年兵になって暫らく衛戍病院で勤務して、それからシベリアへ派遣されたのであった。
岡本綺堂
雪の一日 岡本綺堂 三月二十日、土曜日。午前八時ごろに寝床を離れると、昨夜から降り出した雪はまだ止まない。二階の窓をあけて見ると、半蔵門の堤は真白に塗られている。電車の停留場には傘の影がいくつも重なり合って白く揺いている。雪を載せたトラックが幾台もつづいて通る。雨具をつけて自転車を走らせてゆくのもある。紛々と降りしきる雪のなかに、往来の男や女はそれからそれへ
中谷宇吉郎
今年は初雪が例年よりも二日早かった。 秋の天気工合がよかったせいか、円山の原始林の黄葉がまだ八分どおり残っているのに、朝学校へ出がけに、ぱらぱらと霰まじりに初雪が降った。外套の袖に受けてみると、雲粒のついた無定形の雪である。 昨年の今頃は、終戦後の混乱からまだ抜けきれず、それに食糧の不安も深刻で、初雪を見ても、あまり感慨も湧かなかった。あの頃からみると、スト
小川未明
ある村に、人のよいおじいさんがありました。ある日のこと、おじいさんは、用事があって、町へ出かけました。もう、長い間、おじいさんは、町に出たことがありませんでした。しかし、どうしてもいかなければならない用事がありましたので、つえをついて、自分の家を出ました。 おじいさんは、幾つかの林のあいだを通り、また広々とした野原を過ぎました。小鳥が木のこずえに止まって鳴い
小川未明
はるか北の方の島で、夏のあいだ、働いていました人々は、だんだん寒くなったので、南のあたたかな方へ、ひきあげなければなりませんでした。 「お別れに、みんな集まって、たのしく一晩おくりましょう。」と、それらの人たちは、話しあいました。 丘の上に、一つの小屋があります。それには、赤い窓がついていました。ある晩のこと、彼らは、そこへ集まりました。そこで、男も女もまじ
堀辰雄
主 やあ、どこへ行ったかと思ったら、雪だらけになって帰って来たね。 学生 林の中を歩いて来ました。雑木林の中なぞは随分雪が深いのですね。どうかすると、腰のあたりまで雪の中に埋まってしまいます。獣の足跡が一めんについているので、そんな上なら大丈夫かとおもって、足を踏みこむと、その下が藪になっていたりして、飛んだ目に逢ったりしました。 主 君と、兎なんぞが一しょ
小島烏水
雪中富士登山記 小島烏水 一 今朝は寒いと思うとき、わが家の背後なる山王台に立って、遥かに西の方を見渡すと、昨夜の風が砥ぎ澄まして行った、碧く冴えた虚空の下には、丹沢山脈の大山一帯が、平屋根の家並のように、びったり凍かんで一と塊に圧しつけられている。その背後から陶器の盃でも伏せたように、透き徹っているのは、言うまでもなく富士の山だ。思いがけなく頭の上が、二、
木下尚江
雪中の日光より 木下尚江 十八日發 樹蔭生 十六日夜は渡良瀬河畔に父老と語り明かしつ、明けの日も爲めにいたく時をうつしぬ、堤上の茂竹枯れて春は來ぬれど鶯も鳴かずなど訴ふるを聽て 鶯も鳴かずなりぬる里人は なにをしるしに春は知るらん 佐野の停車場に車を待ちぬるに山風に雪の降り來ぬれば 袖さへに拂はでむかし忍ぶかな 佐野のわたりの雪の夕暮 覺束な、明日入る路
葛西善蔵
―― その時からまた、又の七年目がり來ようとしてゐる。私には最早、歸るべき家も妻も子もないのである。さうして私は尚この上に永久に、この寒い雪の多い北國の島國を、當もなく涯から涯へと彷徨ひ歩かねばならぬのであつた。…… ―― その最初の結婚とは二十年經つてゐる。前に引いた文章にもあるやうに、この前の「雪をんな」は十九で結婚しての七年目だから二十七の歳だつたらし
中谷宇吉郎
もう十年前のことであるが、昭和十一年の秋に、北海道に大演習があり、天皇陛下が北海道に行幸されたことがあった。 その時に一日北大へ行幸の日があった。そして私は低温室の中で、雪の結晶の人工製作を天覧に供するという光栄の機会を得た。それが表題の『雪今昔物語』の機縁の起りである。 それから十年後の今年、昭和二十一年の暮に、私は東宮殿下への『雪』の御進講に上京し、引き
佐藤垢石
雪代山女魚 佐藤垢石 一 奥山の仙水に、山女魚を釣るほんとうの季節がきた。 早春、崖の南側の陽だまりに、蕗の薹が立つ頃になると、渓間の佳饌山女魚は、俄に食趣をそそるのである。その濃淡な味感を想うとき、嗜欲の情そぞろに起こって、我が肉虜おのずから肥ゆるを覚えるのである。けれど、この清冷肌に徹する流水に泳ぐ山女魚の鮮脂を賞喫する道楽は、深渓を探る釣り人にばかり恵
小川未明
それは、険しい山のふもとの荒野のできごとであります。 山からは、石炭が掘られました。それをトロッコに載せて、日に幾たびということなく高い山から、ふもとの方へ運んできたのであります。ゴロッ、ゴロッ、ゴーという音をたてて石炭を載せた車は、レールの上をすべりながら走ってゆきました。そのたびに、箱の中にはいっている石炭は、美しい歯を光らしておもしろそうに笑っていまし
中谷宇吉郎
北海道の奥地深く、標高千メートルの地点では、冬中気温は普通零下十度以下で、雪の結晶は顕微鏡下に、水晶の骨組のように繊細を極めた姿を顕している。その六方の枝の端の端まで行き渡った輪廓の鋭さは、近代硝子器の持つ感覚である。このような結晶が、冬ごとに北海道の山々を埋めて、春になって融けて行くのは、自然が秘めた最も大きい豪奢の一つであろう。 自然は水母の化石を百万年
中谷宇吉郎
雪の化石をつくろうと思い立ったのは、もう二十年以上も昔の話である。 昭和五年に新しく出来た北大の理学部へ赴任して、間もなく雪の研究にとりかかった。そして冬ごとに、十勝岳の白銀荘へ出かけて行って、雪の結晶の顕微鏡写真をせっせと撮っていた。 十勝岳の雪は、結晶の美しさとその種類の豊富さという点ではおそらく世界にも類例が少ないように思われる。その後いろいろなところ
中谷宇吉郎
初めは慰み半分に手をつけて見た雪の研究も、段々と深入りして、算えて見ればもう十勝岳へは五回も出かけて行ったことになる。落付く場所は道庁のヒュッテ白銀荘という小屋で、泥流コースの近く、吹上温泉からは五丁と距たっていない所である。此処は丁度十勝岳の中腹、森林地帯をそろそろ抜けようとするあたりであって、標高にして千六十米位はある所である。 雪の研究といっても、今ま
中谷宇吉郎
万国雪協議会というものがあって、世界四十何か国の学者を会員として、盛んな活動をしようとしている。その第一回総会が四年前に英国のエジンバラにあって、その報告がやっとこの頃出来上った。八百何十頁という部厚なもので、数百の論文が載っている立派なものである。 一通りざっと目を通して見て驚いたことは、その中にある論文のうちで、ロシアのものが頭抜けて優れていたことである
小川未明
この村には七つ八つから十一、二の子供が五、六人もいましたけれど、だれも隣村の太郎にかなうものはありませんでした。太郎は、まだやっと十二ばかりでした。けれど力が強くて、年のわりあいに体が大きくて手足が太くて、目が大きく円くて、くるくるとちょうど、わしの眸のように黒くて光っていました。 だから、この村の子供はだれも太郎とけんかをして勝ち得るものはありません。みな
宮沢賢治
雪とひのきの坂上に 粗き板もてゴシックを 辛く畳みて写真師の 聖のねぐらを営みぬ ぼたと名づくる雪ふりて いましめさけぶ橇のこら よきデュイエットうちふるひ ひかりて暮るゝガラス屋根 ●図書カード
土田耕平
お秋さんは、山へ柴刈に行つたかへりに、雪に降りこめられました。こん/\と止めどなく降つてくる雪は、膝を埋め、腰を埋め、胸を埋める深さにまで積つてきました。お秋さんは、大きな柴の束を背負つたまゝ、立ちすくんでしまひました。 「もう助かりやうはない。」 と思つて、目をつぶつて静かにしてゐますと、だん/\気が遠くなりました。そして、何時間たつたことやら分りませんが
織田作之助
雪の夜 織田作之助 大晦日に雪が降った。朝から降り出して、大阪から船の著く頃にはしとしと牡丹雪だった。夜になってもやまなかった。 毎年多くて二度、それも寒にはいってから降るのが普通なのだ。いったいが温い土地である。こんなことは珍しいと、温泉宿の女中は客に語った。往来のはげしい流川通でさえ一寸も積りました。大晦日にこれでは露天の商人がかわいそうだと、女中は赤い
小林多喜二
仕事をしながら、龍介は、今日はどうするかと、思った。もう少しで八時だった。仕事が長びいて半端な時間になると、龍介はいつでもこの事で迷った。 地下室に下りていって、外套箱を開けオーバーを出して着ながら、すぐに八時二十分の汽車で郊外の家へ帰ろうと思った。停車場は銀行から二町もなかった。自家も停車場の近所だったから、すぐ彼はうちへ帰れて読みかけの本が読めるのだった