雪の夜の怪
田中貢太郎
昼間のうちは石ばりをしたようであった寒さが、夕方からみょうにゆるんでいる日であった。私はこの比よく出かけて往く坂の上のカフェーで酒を飲みながら、とりとめのないことをうっとりと考えていた。 「や、雪だ」 「ほんとだわ」と云ういせいの良い壮い男の声と、あまったれたような女の声が絡みあうなり、入口のガラス戸が敷居の上に重い軋りをさした。 「雪だわよ」 今のあまった
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田中貢太郎
昼間のうちは石ばりをしたようであった寒さが、夕方からみょうにゆるんでいる日であった。私はこの比よく出かけて往く坂の上のカフェーで酒を飲みながら、とりとめのないことをうっとりと考えていた。 「や、雪だ」 「ほんとだわ」と云ういせいの良い壮い男の声と、あまったれたような女の声が絡みあうなり、入口のガラス戸が敷居の上に重い軋りをさした。 「雪だわよ」 今のあまった
太宰治
雪の夜の話 太宰治 あの日、朝から、雪が降っていたわね。もうせんから、とりかかっていたおツルちゃん(姪)のモンペが出来あがったので、あの日、学校の帰り、それをとどけに中野の叔母さんのうちに寄ったの。そうして、スルメを二枚お土産にもらって、吉祥寺駅に着いた時には、もう暗くなっていて、雪は一尺以上も積り、なおその上やまずひそひそと降っていました。私は長靴をはいて
田中貢太郎
雪女 田中貢太郎 多摩川縁になった調布の在に、巳之吉という若い木樵がいた。その巳之吉は、毎日木樵頭の茂作に伴れられて、多摩川の渡船を渡り、二里ばかり離れた森へ仕事に通っていた。 ある冬の日のことだった。平生のように二人で森の中へ往って仕事をしていると、俄に雪が降りだして、それが大吹雪になった。二人はしかたなしに仕事を止めて帰って来たが、渡頭へ来てみると、渡船
岡本綺堂
O君は語る。 大正の初年から某商会の満洲支店詰を勤めていた堀部君が足かけ十年振りで内地へ帰って来て、彼が満洲で遭遇した雪女の不思議な話を聞かせてくれた。 この出来事の舞台は奉天に近い芹菜堡子とかいう所だそうである。わたしもかつて満洲の土地を踏んだことがあるが、その芹菜堡子とかいうのはどんなところか知らない。しかし、それがいわゆる雲朔に近い荒涼たる寒村であるこ
小泉八雲
武蔵の国のある村に茂作、巳之吉と云う二人の木こりがいた。この話のあった時分には、茂作は老人であった。そして、彼の年季奉公人であった巳之吉は、十八の少年であった。毎日、彼等は村から約二里離れた森へ一緒に出かけた。その森へ行く道に、越さねばならない大きな河がある。そして、渡し船がある。渡しのある処にたびたび、橋が架けられたが、その橋は洪水のあるたびごとに流された
神西清
雪の宿り 神西清 文明元年の二月なかばである。朝がたからちらつきだした粉雪は、いつの間にか水気の多い牡丹雪に変って、午をまわる頃には奈良の町を、ふかぶかとうずめつくした。興福寺の七堂伽藍も、東大寺の仏殿楼塔も、早くからものの音をひそめて、しんしんと眠り入っているようである。人気はない。そういえば鐘の音さえも、今朝からずっととだえているような気がする。この中を
神西清
雪の宿り 神西清 文明元年の二月なかばである。朝がたからちらつきだした粉雪は、いつの間にか水気の多い牡丹雪に変つて、午をまはる頃には奈良の町を、ふかぶかとうづめつくした。興福寺の七堂伽藍も、東大寺の仏殿楼塔も、早くからものの音をひそめて、しんしんと眠り入つてゐるやうである。人気はない。さういへば鐘の音さへも、今朝からずつととだえてゐるやうな気がする。この中を
宮沢賢治
塵のごと小鳥なきすぎ ほこ杉の峡の奥より あやしくも鳴るや み神楽 いみじくも鳴るや み神楽 たゞ深し天の青原 雲が燃す白金環と 白金の黒の窟を 日天子奔せ出でたまふ ●図書カード
折口信夫
一 志賀の鼻を出離れても、内海とかはらぬ静かな凪ぎであつた。舳の向き加減で時たまさし替る光りを、蝙蝠傘に調節してよけながら、玄海の空にまつ直に昇る船の煙に、目を凝してゐた。艫のふなべり枕に寝てゐて、しぶき一雫うけぬ位である。時々、首を擡げて見やると、壱州らしい海神の頭飾の島が、段々寄生貝になり、鵜の鳥になりして、やつと其国らしい姿に整うて来た。あの波止場を、
岸田国士
音楽 少女たちの合唱(歌の節にならぬやう、遠くより次第に近く) 雪の降る日 わたしたちは眼覚め 雪の消える日 わたしたちは眠る 悲しみもなく 怒りもなく よろこびもなく ただ静かに わたしたちは 息づき 風に舞ひ 大地にいこふ 雪はわたしたちのいのち 雪はわたしたちのよそほひ 白く 冷く もろく そーつと そーつと わたしたちは ひとりぽつちのひとと話をする
梶井基次郎
行一が大学へ残るべきか、それとも就職すべきか迷っていたとき、彼に研究を続けてゆく願いと、生活の保証と、その二つが不充分ながら叶えられる位置を与えてくれたのは、彼の師事していた教授であった。その教授は自分の主裁している研究所の一隅に彼のための椅子を設けてくれた。そして彼は地味な研究の生活に入った。それと同時に信子との結婚生活が始まった。その結婚は行一の親や親族
中谷宇吉郎
今年の冬は、二度十勝岳へ行った。 そしてそれは、私にとっては、誠に待望の十勝行の再挙が遂に成ったものであった。 冬の十勝行ももう旧い話で、実のところ、今ではもはや私たちの仲間の雪の研究の生活の中では、何も事新しい話ではない。しかし私自身にとっては、あの五年前の冬の十勝行が名残りとなってしまっていたのである。というのは、その後ずっと健康に恵まれなかった私には、
樋口一葉
雪の日 樋口一葉 見渡すかぎり地は銀沙を敷きて、舞ふや蝴蝶の羽そで軽く、枯木も春の六花の眺めを、世にある人は歌にも詠み詩にも作り、月花に並べて称ゆらん浦山しさよ、あはれ忘れがたき昔しを思へば、降りに降る雪くちをしく悲しく、悔の八千度その甲斐もなけれど、勿躰なや父祖累代墳墓の地を捨てゝ、養育の恩ふかき伯母君にも背き、我が名の珠に恥かしき今日、親は瑕なかれとこそ
永井荷風
雪の日 永井荷風 曇つて風もないのに、寒さは富士おろしの烈しく吹きあれる日よりも猶更身にしみ、火燵にあたつてゐながらも、下腹がしく/\痛むといふやうな日が、一日も二日もつゞくと、きまつてその日の夕方近くから、待設けてゐた小雪が、目にもつかず音もせずに降つてくる。すると路地のどぶ板を踏む下駄の音が小走りになつて、ふつて来たよと叫ぶ女の声が聞え、表通を呼びあるく
永井荷風
○ 曇って風もないのに、寒さは富士おろしの烈しく吹きあれる日よりもなお更身にしみ、火燵にあたっていながらも、下腹がしくしく痛むというような日が、一日も二日もつづくと、きまってその日の夕方近くから、待設けていた小雪が、目にもつかず音もせずに降ってくる。すると路地のどぶ板を踏む下駄の音が小走りになって、ふって来たよと叫ぶ女の声が聞え、表通を呼びあるく豆腐屋の太い
近松秋江
あまり暖いので、翌日は雨かと思って寝たが、朝になってみると、珍らしくも一面の銀世界である。鵞鳥の羽毛を千切って落すかと思うようなのが静かに音をも立てず落ちている。 私はこういう日には心がいつになく落着く。そうして勤めのない者も仕合せだなと思うことがある。私たちは門を閉めて今日は打寛いで、置炬燵に差向かった。そうしてこういう話をした。 「お前は何かね、私とこう
牧野信一
滝は、あまり創作(小説)のことばかり想つてゐるのが重苦しくなつたのでスケツチ箱をさげて散歩に出かけた。――石段を降つて、又ひよろ/\と降つて行く海辺へ近い松林の中途であつた。彼は、風景よりも人通りを気にして小径を出はずれると頭につかえる松の矮林の中へ腰をかゞめて姿を没した。そして、丘の切れ端に来て月見草の間に胡坐をした。遥かの距離だが、灰色に光つてゐる砂地に
別所梅之助
雪の武石峠 別所梅之助 信濃町から 一時間たつかたたぬに、もう大晦日という冬の夜ふけの停車場、金剛杖に草鞋ばきの私たちを、登山客よと認めて、学生生活をすましたばかりの青年紳士が、M君に何かと話しかける。「はじめて武石峠へゆくのです」とのM君の答に、青年紳士は、自分の経験からいろいろ注意をして下された。「武石峠は今零度ほどの寒さでしょう。松本で真綿を買って、頸
中谷宇吉郎
第1圖 大雪に埋れた農村 わが國には昔から「六花豐年の兆」という言葉があって、大雪の年は豐作だといって喜んだものである。しかしそれは何も科學的なよりどころのある話ではない。實際に冬の間に降った雪の量と、その年の秋の收穫とを調べてみると、大雪の年に米がたくさん穫れるというようなきまった關係は無い。 東北地方や北海道などでは、むしろその反對の場合が多いのであって
小川未明
早く雪が消えて、かわいた土の上で遊びたくなりました。雪の下にかくれている土の色がなつかしいのであります。吉郎は、自分の家の前だけでも早く雪をなくそうと思いました。それで朝から外に出て木鋤で、雪をわってはそれを力いっぱい遠く畠の方へとなげていました。 日がほかほかと当たってきました。しじゅうからが、林へ来て鳴いています。空は、うす青く晴れて、なんとなく気持ちの
宮沢賢治
雪渡り 宮沢賢治 雪渡り その一(小狐の紺三郎) 雪がすっかり凍って大理石よりも堅くなり、空も冷たい滑らかな青い石の板で出来てゐるらしいのです。 「堅雪かんこ、しみ雪しんこ。」 お日様がまっ白に燃えて百合の匂を撒きちらし又雪をぎらぎら照らしました。 木なんかみんなザラメを掛けたやうに霜でぴかぴかしてゐます。 「堅雪かんこ、凍み雪しんこ。」 四郎とかん子とは小
宮沢賢治
雪渡り 宮沢賢治 雪渡り その一(小狐の紺三郎) 雪がすっかり凍って大理石よりも堅くなり、空も冷たい滑らかな青い石の板で出来ているらしいのです。 「堅雪かんこ、しみ雪しんこ。」 お日様がまっ白に燃えて百合の匂を撒きちらし又雪をぎらぎら照らしました。 木なんかみんなザラメを掛けたように霜でぴかぴかしています。 「堅雪かんこ、凍み雪しんこ。」 四郎とかん子とは小
中谷宇吉郎
ヒマラヤの山奥に、人間に似た怪獣が住んでいるという伝説は、ずっと昔からあった。ヒマラヤの住人たちは、この怪人をヤティ(縁起の悪い雪男)と呼んでいるそうである。 この怪人のことが、急に問題になり出したのは、今から四年前に、英国のエヴェレスト登山隊長シプトン氏が、その足跡の写真を発表したのが、きっかけである。 エヴェレストに近いメンルンツェ氷河の上で、雪の上に、
林芙美子
神聖だと云ふ事はいつたい何だらう? 彼女は、いつも、そんな場所に到ると、ふふんと、心の中で苦笑してゐた。金使ひが澁い癖に、藝者に對しては、まるで、犬猫同然にしか考へてゐない町長が、公のもよほしごとがあると、木石のやうな固さによそほうて、その式に參列し、きまつて、一場の訓辭をたれる。式が始まる前には、東方を向いて宮城禮拜があり、英靈に對して默祷がある。きまりき