Vol. 2May 2026

Sách

Thư viện tri thức thế giới miền công cộng

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沙漠の美姫

国枝史郎

「君は王昭君をどう思うね?」 私は李白にこうきいてみた。 と、李白は盃を置いたが、 「まあK君これを見てくれたまえ」紙へサラサラと詩を書いた。 昭君払玉鞍。上馬※紅頬。 今日漢宮人。明朝胡地妾。 「成程」と私は薄ら笑いをしたが、 「ほんとに君はそう思っているのか?」 「こう思うより思いようがないよ」 「左様なら」と私は李白の家を出たが、その足で王安石の家を訪

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沙漠の花

原民喜

沙漠の花 原民喜 堀辰雄氏から「牧歌」といふ署名入りの美しい本を送つて頂いた。私は堀さんを遠くから敬愛するばかりで、まだ一度もお目にかかつたことはないのだが、これは荒涼としたなかに咲いてゐる花のやうにおもはれた。この小作品集を読んでゐると、ふと文体について私は考へさせられた。 明るく静かに澄んで懐しい文体、少しは甘えてゐるやうでありながら、きびしく深いものを

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沙門と屠児

喜田貞吉

三善清行の「意見封事」に、延喜頃の人民が課役を避けんが為に出家して、天下の民三分の二は皆禿首というの状態となり、しかも彼らは貌も沙門の如く、心は屠児に似たりとある。「延喜式」にも濫僧・屠者と並べている。仏徒の仮面を被った賤者は甚だ多く、真の修行者と所謂濫僧との関係は、少くも外形上間髪を容れぬものであった。委細は他日発表してみたい。 ●図書カード

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沢庵

北大路魯山人

たくあんの話をしてみよう。 今日食べたたくあんは、加賀の山代でできたものである。わたしの知っているかぎりでは、山代産のたくあんが一等よいものだと思う。これは、だいこんが寒国でできたことが主なる原因だが、山代のは他のコツもあって伊勢のものとも違う。伊勢のも種類があり、いいものだが、山代のには及ばない。伊勢は産業として、大量に生産しているので、山代のようなウブな

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沢氏の二人娘

岸田国士

沢氏の二人娘 岸田國士 沢 一寿 悦子  その長女 愛子  その次女 奥井らく  家政婦 桃枝  その子 神谷則武  輸入商 田所理吉  船員、悦子等の亡兄の友人 東京――昭和年代 一 某カトリツク療養院の事務長、元副領事、沢一寿(五十五歳)の住居。郊外の安手な木造洋館で、舞台は白ペンキ塗のバルコニイを前にした、八畳の応接間兼食堂。 古ぼけた、しかし落つきの

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河上に呈する詩論

中原中也

子供の時に、深く感じてゐたもの、――それを現はさうとして、あまりに散文的になるのを悲しむでゐたものが、今日、歌となつて実現する。 元来、言葉は説明するためのものなのを、それをそのまゝうたふに用うるといふことは、非常な困難であつて、その間の理論づけは可能でない。 大抵の詩人は、物語にゆくか感覚に堕する。 短歌が、ただ擦過するだけの謂はば哀感しか持たないのは、そ

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河上氏に答える

宮本百合子

河上氏に答える 宮本百合子 河上氏の私に対する反ばくは一種独特な説諭調でなかなか高びしゃである、が、論点が混乱していて、多くの点が主観的すぎる。河上氏は私が「読者の声を拒絶し、封じ」「一切の批判をさしひかえ」させようとするかのように書いているが、全く事実に反する。この三年間、私は自分の仕事への数多くの批評に対して沈黙を守りすぎてきた。 文学作品は作品そのもの

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河井寛次郎氏の個展を観る

北大路魯山人

今年も高島屋であなたの陶器展を見せてもらいました。あなたは会場におられなかったようでした。 また例の病いを出して頭ごなしに言うわけではありませんが、あなたの作陶は土の仕事がまずいですね。高台などと来るとまるで成っていませんよ。 しかし、新しい好みの釉薬となると、これはいつもながら、あなたの独擅場だけあって、うまいものですね。ここまで来られたら、こんどは寂びた

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河井寛次郎近作展の感想

北大路魯山人

河井寛次郎氏の製陶もとうとう世の末になってしまった。作陶家として異様に大きく名を成したのは大正八、九年頃のように思うが、その後、今日までには長い製陶生活が続いているわけである。人の良い、職人風の無い、気易く付き合いの出来る彼は、その後継者たちに愛され、一部の新しき愛陶家によって彼の作業は支持され、先ず得意の中に老陶家の一人として、今日に及んだと見て間違いなか

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河原の対面

小寺菊子

それは春とは云つても、まだ寒い頃であつた。北の海から冷々としたうら寂しい風が吹いて来て、空にはどことなく冬のやうな底重い雲が低く垂れ込めてゐた。庭の植込みを囲んであつた「雪除」がやつと取外されて、濃い緑色をした蘇鉄や棕櫚竹などが、初めて身軽になつたといふ風に、おづ/\と枝を張り幹を伸して、快げに自分々々の身を持返した。さうして、時をり降りそゝぐ小雨が、しと/

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河水の話

小川未明

河水は、行方も知らずに流れてゆきました。前にも、また、後ろにも、自分たちの仲間は、ひっきりなしにつづいているのでした。そして、どこへゆくという、あてもなしに、ただ、流れている方に、みんなはゆくばかりでした。 前にいったものは、笑ったり、わめいたり、喜ばしそうに踊ったりしていました。はやく、まだ見ない、めずらしいことのたくさんある世界へゆきたいと、あせっている

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河沙魚

林芙美子

河沙魚 林芙美子 空は暗く曇って、囂々と風が吹いていた。水の上には菱波が立っていた。いつもは、靄の立ちこめているような葦の繁みも、からりと乾いて風に吹き荒れていた。ほんの少し、堤の上が明るんでいるなかで、茄子色の水の風だけは冷たかった。千穂子は釜の下を焚きつけて、遅い与平を迎えかたがた、河辺まで行ってみた。――どんなに考えたところで解決もつきそうにはなかった

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河童酒宴

佐藤垢石

河童酒宴 佐藤垢石 私の父親は、近村近郷きつての呑ん平であつた。いま、私も甚しい呑ん平である。子供のときから今日まで、六十余年の間呑み続けてきた。 母親は、少年の私が酒を呑むのを見ると、きつい叱言を喰した。だが、父は反対に奨励の傾向を持つてゐた。このごろ私は、一升九百二十五円といふ高価の酒を呑んで、生活の胸算用に苦しんでゐるのである。こんな高い酒にめぐり会は

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河豚のこと

北大路魯山人

ふぐのうまさというものは実に断然たるものだ、と私は言い切る。これを他に比せんとしても、これに優る何物をも発見し得ないからだ。 ふぐのうまさというものは、明石鯛がうまいの、ビフテキがうまいのという問題とはてんで問題が違う。調子の高いなまこやこのわたを持ってきても駄目だ。すっぽんはどうだと言ってみても問題が違う。フランスの鴨の肝だろうが、蝸牛だろうが、比較になら

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河豚は毒魚か

北大路魯山人

ふぐの美味さというものは実に断然たるものだ――と、私はいい切る。これを他に比せんとしても、これに優る何物をも発見し得ないからだ。 ふぐの美味さというものは、明石だいが美味いの、ビフテキが美味いのという問題とは、てんで問題がちがう。調子の高いなまこやこのわたをもってきても駄目だ。すっぽんはどうだといってみても問題がちがう。フランスの鵞鳥の肝だろうが、蝸牛だろう

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河豚食わぬ非常識

北大路魯山人

河豚食わぬ非常識 北大路魯山人 ふぐを恐ろしがって食わぬ者は、「ふぐは食いたし命は惜しし」の古諺に引っかかって味覚上とんだ損失をしている。その論拠の価値をきわめもせずに、うかうか古諺に釣り込まれ惜しくも無知的判断から、いやいや常識的判断から震え上がりその実、常識を失っている。 これらにむかってわれわれが冬季常食する天下唯一の美味、摩訶不思議の絶味であるふぐの

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河霧

国木田独歩

河霧 国木田独歩 上田豊吉がその故郷を出たのは今よりおおよそ二十年ばかり前のことであった。 その時かれは二十二歳であったが、郷党みな彼が前途の成功を卜してその門出を祝した。 『大いなる事業』ちょう言葉の宮の壮麗しき台を金色の霧の裡に描いて、かれはその古き城下を立ち出で、大阪京都をも見ないで直ちに東京へ乗り込んだ。 故郷の朋友親籍兄弟、みなその安着の報を得て祝

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河風

長谷川時雨

河風 長谷川時雨 江東水の江村の、あのおびただしい蓮が、東京灣の潮がさして枯れさうだといふ、お米も枯れてしまつたといふ、葛飾の水郷もさうして、だん/″\と工場町になるのだらう。龜井戸の後など汽車の窓からみると、紅白の花が可哀さうなほど汚ならしくぎら/″\した蓮田がある。 隅田川流域――たつた一筋の東京をつらぬく川、むかしは武藏下總のなかを流れた大川筋の、武藏

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河鱸遡上一考

佐藤垢石

鱸は八十八夜過ぎると、河に向うそうである。すると、かなり水温の低い頃から遡河をはじめるものと見える。 五月初旬というと、利根川は雪解水の出盛りである。分流江戸川へこの水が流れ込んで来るのはもちろんであるが当時上流地方に於ける水温は低い時で八度から九度、暖い日で十一度から十二度であるから、下流へ来るに従い次第に温まるにしろ、まだ人間が膝まで入れば、身ぶるいをす

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河鹿

尾崎士郎

川ぞいの温泉宿の離室に泊っている緒方新樹夫妻はすっかり疲れてしまった。彼等はお互いの生活の中から吸いとるかぎりのものを吸いとってしまっていた。愛することにも、憎むことにも彼等にとっては最早何の新しさも残っていなかった。彼等は全く同じ二つの陥穽の中に陥っているようなものだった。互いに、小さな感情で反撥し合うことと、残滓にひとしい小さな愛情の破片を恵み合うことと

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油地獄

斎藤緑雨

大丈夫まさに雄飛すべしと、入らざる智慧を趙温に附けられたおかげには、鋤だの鍬だの見るも賤しい心地がせられ、水盃をも仕兼ねない父母の手許を離れて、玉でもないものを東京へ琢磨きに出た当座は、定めて気に食わぬ五大洲を改造するぐらいの画策もあったろうが、一年が二年二年が三年と馴れるに随って、金から吹起る都の腐れ風に日向臭い横顔をだん/\かすられ、書籍御預り申候の看板

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「油地獄」を読む (〔斎藤〕緑雨著)

北村透谷

刑鞭を揮ふ獄吏として、自著自評の抗難者として、義捐小説の冷罵者として、正直正太夫の名を聞くこと久し。是等の冷罵抗難は正太夫を重からしめしや、将た軽からしめしや、そは茲に言ふ可きところならず、余は「油地獄」と題する一種奇様の小説を得たるを喜び、世評既に定まれりと告ぐる者あるにも拘らず、敢て一言をまんとす。 「油地獄」は「小説評註」と、「犬蓼」とを合はせ綴ぢて附

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とんびと油揚

寺田寅彦

とんびと油揚 寺田寅彦 とんびに油揚をさらわれるということが実際にあるかどうか確証を知らないが、しかしこの鳥が高空から地上のねずみの死骸などを発見してまっしぐらに飛びおりるというのは事実らしい。 とんびの滑翔する高さは通例どのくらいであるか知らないが、目測した視角と、鳥のおおよその身長から判断して百メートル二百メートルの程度ではないかと思われる。そんな高さか

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油を搾る話

中谷宇吉郎

いつか江戸前の天ぷら屋で天ぷらを喰った時に主人から聞いた話である。 油は榧の油と胡麻油とを半々に割って使っています。手搾りの油があれば胡麻ばかりの方が良いのですが、この頃じゃ機械搾りしかありませんから胡麻だけでは少ししつこくなりますので。 という話なのである。しかし機械の方が巧く搾れそうなものだときいたら、「駄目ですね、とことんまで搾ってしまいますから」とい

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