肉体自体が思考する
坂口安吾
肉体自体が思考する 坂口安吾 私はサルトルについてはよく知らない。実存は無動機、不合理、醜怪なものだといふ。人間はかゝる一つの実存として漂ひ流れ、不安恐怖の深淵にあるといふ。 「我々は機械的人間でもなければ、悪魔に憑かれたものでもない。もつと悪いことには、我々は自由なのである。」実際、自由といふ奴は重苦しい負担だ、行為の自由といふ奴を正視すれば、人間はその汚
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坂口安吾
肉体自体が思考する 坂口安吾 私はサルトルについてはよく知らない。実存は無動機、不合理、醜怪なものだといふ。人間はかゝる一つの実存として漂ひ流れ、不安恐怖の深淵にあるといふ。 「我々は機械的人間でもなければ、悪魔に憑かれたものでもない。もつと悪いことには、我々は自由なのである。」実際、自由といふ奴は重苦しい負担だ、行為の自由といふ奴を正視すれば、人間はその汚
牧逸馬
「こら、何故お前はそんな所に寝ているんだ」 フリッツ・ハアルマンが斯う声を掛けると、古着を叩き付けたように腰掛けに長くなって眠っていた子供が、むっくり起き上った。独逸サクソニイ州ハノウヴァ市の停車場待合室は、電力の節約で、巨大な土窖のように暗い。ハアルマンは透かすようにして子供の顔を見た。一九一八年十一月二十三日の真夜中だった。霙を混えた氷雨が、煤煙を溶かし
牧野信一
枳殻の生垣に、烏瓜の赤い実が鮮やかであつた。百舌鳥が栗の梢で、寒空を仰いで激しく友を招んでゐた。武兵衛さんが、曲つた腰を伸して、いつまでも、鳥の声の方を見あげてゐた。彼の口から立ちのぼる呼吸が、ふわふわとする煙であつた。――武兵衛さんのことを皆は、武さんと称び慣れてゐた。武さんは、蜜柑山の向方の村から、馬を曳いて、僕のうちの母家のまはりの野菜畑やら、果樹や竹
小酒井不木
肉腫 小酒井不木 一 「残念ながら、今となっては手遅れだ。もう、どうにも手のつけようが無い」 私は、肌脱ぎにさせた男の右の肩に出来た、小児の頭ほどの悪性腫瘍をながめて言った。 「それはもう覚悟の上です」と、床几に腰かけた男は、細い、然し、底力のある声で答えた。「半年前に先生の仰せに従って思い切って右手を取り外して貰えば、生命は助かったでしょうが、私のような労
福沢諭吉
天地の間に生るゝ動物は肉食のものと肉を喰はざるものとあり。獅子、虎、犬、猫の如きは肉類を以て食物と爲し、牛、馬、羊の如きは五穀草木を喰ふ。皆其天然の性なり。人は萬物の靈にして五穀草木鳥魚獸肉盡く皆喰はざるものなし。此亦人の天性なれば、若し此性に戻り肉類のみを喰ひ或は五穀草木のみを喰ふときは必ず身心虚弱に陷り、不意の病に罹て斃るゝ歟、又は短命ならざるも生て甲斐
久生十蘭
肌色の月 久生十蘭 運送会社の集荷係が宅扱いの最後の梱包を運びだすと、この五年の間、宇野久美子の生活の砦だった二間つづきのアパートの部屋の中が、セットの組みあがらないテレビのスタジオのような空虚なようすになった。いままで洋服箪笥のあった壁の上に、芽出しの白膠木の葉繁みがレースのような繊細な影を落しているのが、なぜかひどく斬新な感じがした。 管理人の細君が挨拶
坂口安吾
肝臓先生 坂口安吾 終戦後二年目の八月十五日のことであるが、伊豆の伊東温泉に三浦按針祭というものが行われて、当日に限って伊東市は一切の禁令を解除し、旅館や飲食店はお酒をジャン/\のませてもよいし、スシでもドンブリでも何を売ってもよろしい、という地区司令官の布告がでたという。 戦争以来伊東へ疎開している彫刻家のQから速達がきて、右のような次第で、当温泉は全市を
坂口安吾
育児 坂口安吾 五十ちかい年で初子が生れると、てれたり、とまどったりするばかりで育児については無能である。いまもって子の抱き方も知らないが、たまに父が子を抱いたり世話したり母のしてやるようなことをすると、たいそう喜ぶものである。別にしつけらしいことはしないが、父のすることをまねながら自然に育つものらしい。私のしてやることといえば毎日何か食べさせて時々オナカを
田村乙彦
食えぬだんに学校学校言うて と母は子を叱る小学校の四年の吉三は 学校へ行っては先生に うちへかえればみんなにどなりまくられる「今日は学校休んで薪をとって来い 子供じゃ言うても飯を食うからにゃ」ぼろぼろ涙を流しながらえがま縄帯の腰につきさす吉三子供までぼい使うてと親父は思うがどうにもならない明日はまた病気でもないのに勝手に学校を休んだと先生に叱られるだろう吉三
中勘助
姉の病気のため五月末から外へ出ず、もう大丈夫となってからもやはり気がかりなので余儀ない用事の場合月に二、三度、それも見舞の人に留守を頼んで出たついでに日にあたってくるぐらいが関の山だった。しかし近頃では姉もよほどよくなったし、これからすこし散歩をしようと思ってるうちに今度は自分が病気になってしまった。八月二十九日発病、胆石。そのまえからひとの原稿を見てたのが
原民喜
重苦しい六時間の授業が終って、侃は一人で校門を出る。午後三時の秋の陽光が、静かな狭い小路の屋根や柳に懸ってゐる。ここまで来ると、彼は吻とするのだ。或る家の軒下には鶏が籠に入れられて、大根の葉を啄んでゐる。向ふの日棚では赤い縁の蚊帳が乾してある。だが侃が今歩いてゐる左側には、昨日の雨に濡れたままの、苔をつけたコンクリートの壁が、まだ暫くは続いてゐる。壁越しに見
徳田秋声
鐘の音さへ霞むと云ふ、四月初旬の或長閑な日であつた。 私は此春先――殊に花見頃の時候になると、左右脳を悪くするのが毎年のお定例だ。梅が咲いて、紫色の雑木林の梢が、湿味を持つた蒼い空にスク/\透けて見え、柳がまだ荒い初東風に悩まされて居る時分は、濫と三脚を持出して、郊外の景色を猟つて歩くのであるが、其が少し過ぎて、ポカ/\する風が、髯面を吹く頃となると、もう気
野村胡堂
やはり、平次誕生から、はじめなければ、ならないかも知れない。 が、それは、あまりにも書きすぎた。いずれは触れることとして、ここではまず、古い友人たちから筆を起こそう。 県立盛岡中学……つい一月ほど前、「わが母校わが故郷」とかいうテレビの番組に登場したので、午後九時絶対就寝の私も、この日ばかりは大いに奮発して、夜の十一時まで、眼をあけていたが、昔は、あんな立派
ベルトランルイ
こはいかに、紛ふ無き親友ジァン・ガスパル・ドビュロオ、綱渡の一座中世に隱れ無き道化ものゝ蒼ざめ窶れたる姿にあらずや。 惡戲と温順とを浮べたる名状し難き顏色にてこなたを見詰めたり。 テオフィル・ゴオティエ――「オニユウリユス」 月夜の晩に ピエロオどのよ、 文がやりたい その筆かしやれ、 明が消えて 見えなくなつた。 後生だから早く この戸をおあけ。 俗謠
田中貢太郎
胡氏 田中貢太郎 直隷に富豪があって家庭教師を傭おうとしていると、一人の秀才が来て、自分を傭うてくれと言った。主人は内へ入れて話してみると、言語がさわやかであったから、好い人があったと思って悦んだ。秀才は自分で胡という姓であると言った。 そこで富豪は幣を出して胡を自分の家へ置いた。胡は児を教育するにあたって心切で勤勉であった。それに学問が博くてしたっぱな人間
北大路魯山人
胡瓜 北大路魯山人 今日では温室栽培の向上によって、くだもの、野菜など季節がなくなってしまった。早晩、俳諧歳時記など書き改めねばならなくなりそうだ。とはいっても、やはり旬のものに越したことはない。 あえてきゅうりにはかぎらないが、旬がうまいということは、今も昔も変わらない。 しかし、促成野菜を味なきもののようにいうのは、促成野菜の価値を認識しない批評であって
鈴木三重吉
胡瓜の種 鈴木三重吉 小さいときから自分を育てゝ來たお千は、下女と祖母とを伴れて、車に乘つて一足先に移つて出た。 自分は宿屋の拂ひをして、一二の用事につてあとから行つた。荷車に托した行李と蒲團とが已に運ばれて、上り口に積み上げてあつた。見すぼらしいがた/″\の格子戸を這入つて靴を解く。お千は下女に指圖をして、がさごそそこらを拭きつてゐた。 「どうだ。掃除は片
今野大力
かつて私は 悪事をやった立場に立たされた時 こう憎々しげに吐きつけられたものだ、 「胸に手を当てて、よっく考えて見ろ!」 私は今、胸に手を当てて 静かに激しく想っている。 私は悪事をやった為だろうか。 いや、私は悪事をやったのではない 悪事は彼等がやったのだ。 彼等は悪事を犯していながら 私をつかまえて手足を縛しておいて 「お前は悪人だ、 お前等は悪事の張本
堀辰雄
クロオデルの「能」 堀辰雄 ポオル・クロオデルが日本に滯在中に書いた「日のもとの黒鳥」(L'Oiseau Noir dans le Soleil Levant)といふ本も、ときどき取り出して見てゐる本の一つである。この本の題名に使はれてゐる何か象徴的な感じの黒鳥といふのは、實はクロオデルの洒落なのださうだが、そんなところもなかなか好ましい。いろいろ好い論文や
高村光太郎
能の彫刻美 高村光太郎 能はいはゆる綜合芸術の一つであるから、あらゆる芸術の分子がその舞台の上で融合し展開せられる。その融合の微妙さとその展開の為方の緊密にしてしかも回転自在な構成の美しさとに観る者は打たれる。しかし私のやうな彫刻家が能を観るたびにとりわけ感ずるのはその彫刻美である。他の舞台芸術に絶えてないほど能には彫刻的分子が多い。能は彫刻の延長であるもの
折口信夫
一 二つの問題 日本の民俗芸術を観察するにあたつて、我々は二つの大きな問題に、注意を向けなければならぬ。平安朝の末から、鎌倉・室町時代にかけて、とび/\に、其中心がある事を考へて見ることが、其一つ。江戸に接近しては、歴史家の所謂桃山時代が、やはりさうなのであるが、ともかくも、さうした衒耀な時代が、とび/\に山をなして、民俗芸術興隆の中心となり、其が連結して、
野口米次郎
能楽論 野口米次郎 『あなたが橋掛りで慎しやかな白い拍節を踏むと、 あなたの体は精細な五官以上の官能で震へると思ふ…… それは涙と笑の心置きない抱合から滲みでるもの、 祈祷で浄化された現実の一表情だ、 あなたは感覚の影の世界を歩く……暗いが澄み切つた、冷かで而かも懐しい。 ああ、如何なる天才があなたを刻んだか、 彼はあらゆる官能の体験を蒸留し、蒸留し、 最後
坂口安吾
“能筆ジム” 坂口安吾 雑誌「日本小説」に「不連続殺人事件」を連載し、探偵小説の鬼江戸川乱歩先生から過分なる賞讃をいたゞいて以来、僕は文壇随一の探偵小説通と自他ともに許す存在にまつりあげられてしまった。しかしまあ、余り通などとまつり上げられない方がいゝ。僕はおかげで「小説新潮」に「安吾捕物」まで書かされ、はてはA・クリスティの探偵小説を飜訳してくれないかなぞ
折口信夫
此会の此役は久しく、先輩山崎楽堂さんが続けられてゐましたが、今度は私が代つて申すことになりました。謂はゞ翁の替りに、風流が出て来た様なものです。とは申せ、私にはお能の解説などゝ謂つた処で、全くの門外漢でございます。約束の多い舞台について、完全な解説などは出来さうもありません。唯、何処か一点づゝでも、皆さんの御参考になる処があれば、それで結構だと思うて出た次第