坂口安吾
坂口安吾 · 日语
坂口安吾 · 日语
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原文 (日语)
ドストエフスキーとバルザック 坂口安吾 散文に二種あると考へてゐるが、一を小説、他を作文とかりに言つておく。 小説としての散文の上手下手は、所謂文章――名文悪文と俗に言はれるあのこととは凡そ関係がない。所謂名文と呼ばれるものは、右と書くべき場合に、言葉の調子で左と書いたりすることの多いもので、これでは小説にならない。漢文日本には此の弊が多い。 小説としての散文は、人間観察の方法、態度、深浅等に由つて文章が決定づけられ、同時に評価もさるべきものであつて、文章の体裁が纏つてゐたり調子が揃つてゐたところで、小説本来の価値を左右することにはならない。文章の体裁を纏めるよりも、書くべき事柄を完膚なく「書きまくる」べき性質のものである。 婦人公論の二月号であつたか、ささきふさ氏がゴルスワージの小説を論じて、人のイエス・ノウには百の複雑があり、蔭と裏があることを述べ、この難解なニュアンスを最も的確に表現しうる作家はゴルスワージであると述べてゐられるのを読んだが、その後ゴルスワージの小説を読むに及び、この所説の正しいことに思ひ当つて、感服した。が、それだからゴルスワージの小説は傑作であるといふ説には賛
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