Vol. 2May 2026

图书

公共领域世界知识图书馆

共 14,981 本中显示 9,288 本

本朝変態葬礼史

中山太郎

我国で古く屍体を始末することはハフル(葬)と云うていたが、この語には、二つの意味が含まれていた。即ち第一は投るの意(投げ棄てる事)で第二は屠るの意(截り断つ事)である。しかして時間的に言えば投るが先で屠るが後なのである。 須佐之男命が古代の民族の為めに、の木を以て奥津棄戸に将臥さむ具――即ち棺箱を造ることを誨えたとあるが、それが事実であるか否かは容易に判然せ

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本はどのように消えてゆくのか

津野海太郎

はたして紙と活字の本はなくなるのか。 おそらくなくなるだろう。 ただし私は、いずれは日本語表記から漢字がなくなるだろう、と本気で考えているような人間でもある。いつか、われわれの書く文章から漢字が一つのこらず消えてなくなる日がやってくる。そのころまでには紙と活字の本だって自然消滅しているにちがいない。 それまで百年、二百年、いや三百年か。 いずれにせよ遠いさき

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本の装釘

木下杢太郎

本の装釘 本の装釘 木下杢太郎 新村博士の随筆集「ちぎれ雲」が出版書肆から届けられた。其表紙の絵をば著者と書房とから頼まれて作つたのであるから、其包を開くときにまた異(こと)やうの楽みがあつた。新村博士の頼となれば何を措いても諾はなければなるまいと思ひ、五月の雨雲に暗い日曜日の朝の事であつた、紙を捜して図案を考へた。小さい庭には小手鞠の花がしをらしく咲き乱れ

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ポウの本質

平林初之輔

ポーは、アメリカの詩人にして最もアメリカ人らしくない詩人だと考えられている。だが、その逆に、アメリカならばこそポーを生み得たのだと言うこともできる。 ボードレールはポーについて言っている。「彼はアメリカの雰囲気にむせて、『ユウレカ』の冒頭で次のように書いた――私はこの書物を、夢を唯一の実在として信ずる人たちにささげる――だから彼は一つのすばらしい反抗だったの

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本質的な文学者

萩原朔太郎

日本の文學に對して、僕は常に或る滿たされない不滿を持つて居た。それは僕の觀念する「文學」が、日本の現存してゐる文學とどこか本質に於て食ひちがつて居り、別種に屬して居たからである。然るに梶井君の作品集「檸檬」を讀み、始めて僕は、日本に於ける「文學」の實在觀念を發見した。勿論「檸檬」の作品は、小説といふべきよりは、小品もしくは散文詩の範疇に屬すべきものであるか知

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本邦肖像彫刻技法の推移

高村光太郎

わが国古来の彫刻といえば殆ど皆仏像である。記紀上代の神々の豊富な物語はまるで彫刻の対象とならなかった。藤原期に及んで神像というものが相当に作られたが遂に大勢を成すに至らなかった。(大黒天は大己貴命だと世上でいうのは俗説である。)この点、オリムポスの神々がギリシヤ彫刻に豊饒な人間的資材を提供していた西欧の事情とは大に違う。仏像は仏典によって指示せられた超人間的

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本部の段々で

槙本楠郎

父もやられた 兄ちやんも おつ母も出たきり もどりやせん 四つ五つ 寝るまでは 晝もとなりで 遊んだが なれりやどこだつて おら平氣 本部の段々で 見張りだぞ イの字のつくやつ やつて來い スの字のつくやつ やつて來い おいらの見張りは きびしいぞ しつぽを見つけて 馬乘りだ ワンと吠え、ワンと吠え こら犬め おれさま、よく見ろ よく拜め ●図書カード

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本郷の並木道

坂口安吾

一年半京都に住んで、本郷へ戻つてみると、街路樹の美しさが、まつさきに分つた。京都は三方緑の山にかこまれてゐるが、市街の樹木を殆ど思ひ出すことができないのである。多分、街路樹も、なかつたのだらう。 本郷へ戻つてきて、まづ友達とUSで昼食をとつた。戸口を通して、街路樹が見えるのである。それだけのことが、すでに甚だ新鮮だつた。キャフェのテラスが家庭の延長のやうなパ

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札幌まで

寺田寅彦

札幌まで 寺田寅彦 九月二十九日。二時半上野発。九時四十三分仙台着。一泊。翌朝七時八分青森行に乗る。 仙台以北は始めての旅だから、例により陸地測量部二十万分の一の地図を拡げて車窓から沿路の山水の詳細な見学をする。北上川沿岸の平野には稲が一面に実って、もう刈入れるばかりになっているように見える。昨夜仙台の新聞で欠食児童何百という表題の記事を見て来たばかりの眼に

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札幌の印象

岩野泡鳴

古い 京都の それ よりは 一層 正しく、 東西南北に 確実な 井桁(市の 動脈)を 打ち重ねた 北海の 首府―― 石狩原野 の 大開墾地に 囲まれて、 六万の 人口を 抱擁する 札幌の 市街―― 住民は 凡て 必らずしも 活動して ゐるでは ないが、 多くは 自己 一代の 努力に 由つて その家を 建てた ものだ。 然し 渠等の 目に 映ずるのは、ただ 焼

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札幌時代の石川啄木

野口雨情

石川啄木の代表作は和歌にある。或る人の言はるるには、啄木の作品のどれを見ても深みが乏しい、もつともつと深みがなくては不可、要するに歳が若かつた為めだらう、今二三十年も生存してゐたら、良い作品も沢山残しただらうと、斯うした見方も一つの見方かも知れないが、私はさうとは考へてゐない、和歌は散文でなく韻文だからヒントさへ捉めばそれでよいのである、そのヒントさへ捉み得

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朱欒の花のさく頃

杉田久女

朱欒の花のさく頃 杉田久女 私が生れた鹿児島の平の馬場の屋敷というのは、明治十年鹿児島にわたって十七年間も住っていた父母が、自ら設計して建てた家なので、九年母や朱欒、枇杷、柿など色々植えてあったと母からよく聞かされていた。 城山の見える其家で長兄をのぞく私達兄弟五人は皆生れたのであるが、無心の子供心には、あさ夕眺めた城山も、桜島の噴煙も、西郷どんも、朱欒の花

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朱絃舎浜子

長谷川時雨

朱絃舎浜子 長谷川時雨 一 木橋の相生橋に潮がさしてくると、座敷ごと浮きあがって見えて、この家だけが、新佃島全体ででもあるような感じに、庭の芝草までが青んで生々してくる、大川口の水ぎわに近い家の初夏だった。 「ここが好いぞ、いや、敷ものはいらん、いらん。」 広い室内の隅の方へ、背後に三角の空を残して、ドカリと、傍床の前に安坐を組んだのは、箏の、京極流を創造し

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朴の咲く頃

堀辰雄

朴の咲く頃 堀辰雄 一 あたりはしいんとしていて、ときおり谷のもっと奥から山椒喰のかすかな啼き声が絶え絶えに聞えて来るばかりだった。そんな谷あいの山かげに、他の雑木に雑って、何んの木だか、目立って大きな葉を簇がらせた一本の丈高い木が、その枝ごとに、白く赫かしい花を一輪々々ぽっかりと咲かせていた。…… それは今年の夏になろうとする頃で、私と妻は、この村にはじめ

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朴歯の下駄

小山清

むかしの話だ。 私がそのみせの前を通ったとき、そこの番頭さんが、 「よう、前田山。」 と私のことを呼びかけた。その頃私は廓を歩くと、いつも「応援団長」とか「朴歯の旦那」とか呼ばれた。私は久留米絣の袷を着て、袴をはいて、そうして朴歯の下駄をガラガラ引き摺って歩いていたのである。私にはそのほかにどんなよそゆきの持ち合せもなかったのだ。「前田山」は頬をほてらせてみ

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朴水の婚礼

坂口安吾

朴水の婚礼 坂口安吾 朝巻信助は火星人といふ渾名であつたが、それは頭デッカチで口が小さいといふ意味ながら、顔が似てゐるためではなく、内容的な意味であつた。彼は親友が死んだとき、泣いてゐる奥さんの前で「彼の死は悲しむべく然し、それは目出度いことである。さうでもないか。然し、とにかく――」かう言つて絶句してしまふのであるが、それはつまり彼が平常色々の考へごとをし

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机前に空しく過ぐ

小川未明

私は、机の前に坐っているうちに、いつしか年をとってしまいました。床屋が、他人の頭の格好を気にしながら、鋏をカチ/\やっているうちに、自分の青年時代が去り、いつしか、その頭髪が白くなって、腰の曲った時が至る如く、また、靴匠が仕事場に坐って、他人の靴を修繕したり、足の大きさなどを計っているうちに、いつしか、自分の指頭に皺が寄り、眼が霞んでくるように、私の青春も去

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机と布団と女

坂口安吾

机と布団と女 坂口安吾 小説新潮の新年号に、林忠彦の撮影した私の二年ほど掃除をしたことのない書斎の写真が載ったから、行く先々で、あの部屋のことをきかれて、うるさい。しょっちゅうウチへ遊びにきていた人々も、あの部屋を知ってる人はないのだから、ほんとに在るんですか、見せて下さい、と云う。見世物じゃないよ。 林忠彦は私と数年来の飲み仲間で、彼は銀座のルパンという酒

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机の抽斗

田中貢太郎

ハワイのヒロはホノルルに次ぐ都会であるが、そのヒロに某と云う商店があって、賃銀の関係から支那人や日本人を事務員に使っていた。某時その事務員の一人であった支那人がしくじったので、すぐ解雇してその後へ新らしく事務員を入れたところで、数日してその事務員は来なくなった。商店の方では事務にさしつかえるのでまた別の事務員を入れたが、その事務員も数日すると来なくなった。商

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杉垣

宮本百合子

杉垣 宮本百合子 一 電気時計が三十分ちかくもおくれていたのを知らなかったものだから、二人が省線の駅で降りた時分は、とうにバスがなくなっていた。 駅前のからりとしたアスファルト道の上に空の高いところから月光があたっていて、半分だけ大扉をひきのこした駅から出た疎らな人影は、いそぎ足で云い合せたように左手の広い通りへ向って黒く散らばって行く。 「どうする、歩くか

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杉よ! 眼の男よ!

富岡誠

杉よ! 眼の男よ! 杉よ! 眼の男よ! 富岡誠 『杉よ! 眼の男よ!』と 俺は今、骸骨の前に起つて呼びかける。 彼は默つてる。 彼は俺を見て、ニヤリ、ニタリと苦笑して ゐる。 太い白眼の底一ぱいに、黒い熱涙を漂は して時々、海光のキラメキを放つて俺の 顔を射る。 『何んだか長生きの出來さうにない 輪劃の顔だなあ』 『それや――君 ――君だつて―― さう見える

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杏の若葉

宮本百合子

杏の若葉 杏の若葉 宮本百合子 「おや、時計がとまっているでないか」 母親の声に、ぬいは頭をあげ、古い柱時計を見上げた。 「ほんによ」 「いつッから動かねえかったんだか――仕様ないな、ぬい、若えくせにさ、お前」 「だって母さん、耳についちまっているから判んなかったのさ。ほら――聴いてお見、カチカチ云ってるようだろ?」 杏(あんず)の若葉越しに、薄暗い土間にま

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材料か料理か

北大路魯山人

材料か料理か 北大路魯山人 おいしいごちそうを作るにはどうしたらよいでしょうか? などという声をよく聞く。 おいしいものとはなにか、ということをまず考えてみよう。人間は習慣の動物である。 毎日、必ずコーヒーを飲まねばいられぬ、というひとがいる。また、たばこを止められぬひともいる。そんなひとにコーヒーはそんなにおいしいですか、と聞いてみる。おいしいから止められ

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