水郷異聞
田中貢太郎
山根省三は洋服を宿の浴衣に着替へて投げ出すやうに疲れた体を横に寝かし、片手で肱枕をしながら煙草を飲みだした。その朝東京の自宅を出てから十二時過ぎに到着してみると、講演の主催者や土地の有志が停車場に待つてゐてこの旅館に案内するので、ひと休みした上で、二時から開催した公会堂の半数以上は若い男女からなつた聴講者に向つて、三時間近く、近代思想に関する講演をやつた若い
公共领域世界知识图书馆
田中貢太郎
山根省三は洋服を宿の浴衣に着替へて投げ出すやうに疲れた体を横に寝かし、片手で肱枕をしながら煙草を飲みだした。その朝東京の自宅を出てから十二時過ぎに到着してみると、講演の主催者や土地の有志が停車場に待つてゐてこの旅館に案内するので、ひと休みした上で、二時から開催した公会堂の半数以上は若い男女からなつた聴講者に向つて、三時間近く、近代思想に関する講演をやつた若い
田山花袋
× 水野仙子の集が、今度叢文閣から公にせられることゝなつた。喜ばしいことである。かの女は純粋に『文章世界』をその故郷にして、そして文壇に出て行つた人である。私は『暗い家』だの、『お寺の児』だの『徒労』などを思ひ出さずには居られない。 純な、正直な性質と、真面目な気分と、飽まで進んで行くべきところに進んで行く心と――。 私の家には、一年とはゐなかつた。五月に来
永井荷風
水 附渡船 永井荷風 仏蘭西人ヱミル・マンユの著書都市美論の興味ある事は既にわが随筆「大窪だより」の中に述べて置いた。ヱミル・マンユは都市に対する水の美を論ずる一章に於て、広く世界各国の都市と其の河流及び江湾の審美的関係より、更に進んで運河沼沢噴水橋梁等の細節に渉つて此を説き、猶其の足らざる処を補はんが為めに水流に映ずる市街燈火の美を論じてゐる。 今試に東京
田中貢太郎
外から帰って来た平兵衛は、台所の方で何かやっていた妻を傍へ呼んだ。女は水で濡れた手を前掛で拭き拭きあがって来た。 「すこし、お前に、話したいことがある」 女は何事であろうと思って、夫の顔色を伺いながらその前へ坐った。 「この加賀へやって来たものの、どうも思わしい仕官の口がないから、私は土州の方へ往こうと思う、土州には、深尾主人殿が、山内家の家老をしておるし、
佐藤垢石
水と骨 佐藤垢石 一 人は常識的には、太平洋へ注ぐ表日本の川の水温よりも、日本海へ注ぐ裏日本の川の水温方が低いであろうと、考えるにちがいない。 ところが、実際は日本海へ注ぐ川の方が平均高い水温を持っているらしい。このことは理学的にも統計的にも、何か責任の上に立って調べたわけではないから必ずそうであるとは断定できないが、私が多年、各地の川を釣り歩いてみて、裏日
岡本綺堂
水鬼 岡本綺堂 一 A君――見たところはもう四十近い紳士であるが、ひどく元気のいい学生肌の人物で、「野人、礼にならわず。はなはだ失礼ではありますが……。」と、いうような前置きをした上で、すこぶる軽快な弁舌で次のごとき怪談を説きはじめた。 僕の郷里は九州で、かの不知火の名所に近いところだ。僕の生れた町には川らしい川もないが、町から一里ほど離れた在に入ると、その
田中貢太郎
暖かな宵の口であった。微赤い月の光が浅緑をつけたばかりの公孫樹の木立の間から漏れていた。浅草観音堂の裏手の林の中は人通がすくなかったが、池の傍の群集の雑沓は、活動写真の楽器の音をまじえて騒然たる響を伝えていた。 被官稲荷の傍の待合を出た一人の女は、浅草神社の背後を通って、観音堂の横手に往こうとして、右側の路ぶちに立った大きな公孫樹の処まで往くと、その幹の陰に
坂口安吾
日曜の夜になると、梅村亮作の女房信子はさッさとフトンをかぶって、ねてしもう。娘の克子もそれにならって、フトンをひっかぶって、ねるのであった。 九時半か十時ごろ、 「梅村さん。起きてますか」 裏口から、こう声がかかる。 火のない火鉢にかがみこんで、タバコの屑をさがしだしてキセルにつめて吸っていた亮作は、その声に活気づいて立ち上る。 いそいそと裏戸をあけて、 「
古川緑波
近頃では、アイスクリームなんてものは、年がら年中、どこででも売っている。そば屋にさえも、アイスクリームが、あるという。 私たちの子供のころは、アイスクリームなんてものは、むろん夏に限ったものだったし、そうやたらに売っているものではなかった。 中流以上の家庭には、いまの電気洗濯機がある程度に、アイスクリームをつくる機械があって、時に応じて、ガラガラとハンドルを
萩原朔太郎
近代の抒情詩、概ね皆感覺に偏重し、イマヂズムに走り、或は理智の意匠的構成に耽つて、詩的情熱の單一な原質的表現を忘れて居る。却つてこの種の詩は、今日の批判で素朴的なものに考へられ、詩の原始形態の部に範疇づけられて居る。しかしながら思ふに、多彩の極致は單色であり、複雜の極致は素朴であり、そしてあらゆる進化した技巧の極致は、無技巧の自然的單一に歸するのである。藝術
宮沢賢治
「ええ。」 雪と月あかりの中を、汽車はいっしんに走ってゐました。 赤い天鵞絨の頭巾をかぶったちひさな子が、毛布につつまれて窓の下の飴色の壁に上手にたてかけられ、まるで寢床に居るやうに、足をこっちにのばしてすやすやと睡ってゐます。 窓のガラスはすきとほり、外はがらんとして青く明るく見えました。 「まだ八時間あるよ。」 「ええ。」 若いお父さんは、その青白い時計
黒島伝治
氷河 黒島傳治 一 市街の南端の崖の下に、黒龍江が遥かに凍結していた。 馬に曳かれた橇が、遠くから河の上を軽く辷って来る。 兵営から病院へ、凍った丘の道を栗本は辷らないように用心しい/\登ってきた。負傷した同年兵たちの傷口は、彼が見るたびによくなっていた。まもなく、病院列車で後送になり、内地へ帰ってしまうだろう。――病院の下の木造家屋の中から、休職大佐の娘の
中谷宇吉郎
アラスカの氷河は、景観の美しさという点では、世界第一といわれている。 氷河の壮大な美しさは、ずっと昔から、文学者や地理学者たちの讃美の的であった。もっとも、近年までは、一般の人々が近づき得る氷河は、ほとんどアルプスの氷河に限られていた。それで氷河の美についての文献は、主として、アルプスの氷河についてのものが多かった。 しかし氷河は、アルプスに限られたものでは
中谷宇吉郎
アラスカというと、日本では非常に寒いところと、一般には思われている。しかし内陸および北氷洋岸を除き、太平洋側のアラスカは、そうひどく寒いところではない。唯どこでも、風が非常に強いので、人體にはひどく寒く感ぜられる。 アラスカの一部は、太平洋岸に沿って、加奈陀の方まで、ずっと伸びている。この附近には氷河がたくさんある。カナダロッキイの高山地帶に降った雪が、氷河
中谷宇吉郎
アラスカの氷河は、景観の美しさという点では、世界第一といわれている。 氷河の壮大な美しさは、ずっと昔から、文学者や地理学者たちの讚美の的であった。もっとも、近年までは、一般の人々が近づき得る氷河は、ほとんどアルプスの氷河に限られていた。それで氷河の美についての文献は、主として、アルプスの氷河についてのものが多かった。 しかし氷河は、アルプスに限られたものでは
宮沢賢治
このおはなしは、ずゐぶん北の方の寒いところからきれぎれに風に吹きとばされて来たのです。氷がひとでや海月やさまざまのお菓子の形をしてゐる位寒い北の方から飛ばされてやつて来たのです。 十二月の二十六日の夜八時ベーリング行の列車に乗つてイーハトヴを発つた人たちが、どんな眼にあつたかきつとどなたも知りたいでせう。これはそのおはなしです。 × ぜんたい十二月の二十六日
佐藤垢石
氷湖の公魚 佐藤垢石 トルコ人ほど水をよく飲む国民はない。水玉を一献舌端に乗せて、ころがすと、その水はどこの井戸、どこの湖水から汲んだものかをいい当てるほど、水に趣味をもっている。 わが国にも大そう水に趣味をもった人がいた。近江国琵琶湖畔堅田の北村祐庵という医者は、日ごろ茶をたてる時、下僕に命じて湖上から水を汲ませたが、その水の味によって汲み場を指摘したとい
原民喜
氷花 原民喜 三畳足らずの板敷の部屋で、どうかすると息も窒がりさうになるのであつた。雨が降ると、隙間の多い硝子窓からしぶきが吹込むので、却つて落着かず、よく街を出歩いた。「僕をいれてくれる屋根はどこにもない、雨は容赦なく僕の眼にしみるのだ」――以前読んだ書物の言葉が今はそのまま彼の身についてゐるのだつた。有楽町駅のコンクリートの上に寝そべつてゐる女を見かけた
宮本百合子
氷蔵の二階 氷蔵の二階 宮本百合子 一 表の往来には電車が通った。トラックも通った。時には多勢の兵隊が四列になってザック、ザック、鞣や金具の音をさせ、通った。それ等が皆塵埃(ほこり)を立てた。まして、今は春だし、練兵場の方角から毎日風が吹くから、空気の中の埃といったらない。それが、硝子につく。硝子は、外側から一面薄茶色の粉を吹きつけたように曇っていた。何年前
中谷宇吉郎
氷は、小さい結晶が、勝手な向きをとって集まった塊であるといったが、金屬がまたそういうものなのである。われわれが普通知っている鐵でも、銅でも、亞鉛でも、皆小さい結晶が集まって出來ているものである。 金屬の大きい結晶は、單結晶と呼ばれているが、この二三十年來、各種の金屬の單結晶が人工的に出來るようになったので、この方面の學問は、大いに進歩した。 金屬に力を加える
葉山嘉樹
氷雨 葉山嘉樹 一 暗くなつて来た。十間許り下流で釣つてゐる男の子の姿も、夕暗に輪廓がぼやけて来た。女の子は堤の上で遊んでゐたが、さつき、 「お父さん、雨が降つて来たよ」 と、私に知らせに来た。 「どこかで雨を避けておいで」 と返事をしたまま、私は魚を釣り続けてゐたのだが、堤には小さな胡桃の木以外には生えてゐなかつた。それも秋も深んだ今では、すつかり葉を落し
中谷宇吉郎
外は零下三十度近い寒さである。 黒河へ向う私たちの汽車は、孫呉の駅を出て既に数時間走っている。 車窓に見える限りの雪原は、いつまで行っても平坦で、何の起伏もない。家もなければ立木もなく、薄鼠のただ一色に見える雪の原は、ところどころ朔風に傷つけられて、黒い地肌が出ている。雪にまみれ掻き乱された枯草がその地肌を蔽っていて、夏の荒涼とした広野の景色をしのばせてくれ
佐藤春夫
先生に関しては約半世紀の追想があり、既に蕪稿も千枚近く書いて来た。その結論をここに今二枚に要約するのは相当にむつかしい。先生は自ら無頼漢を以つて居られるが、実は良家の躾の身についた紳士で、その躾とお屋敷風に反逆したのが荷風文学である。その人は温厚純良性の、然し先生をして天下の大作家たらしめ同時に亦、自称無頼漢たらしめたのは専ら先生の異常な色情のためである。
夏目漱石
雑煮を食って、書斎に引き取ると、しばらくして三四人来た。いずれも若い男である。そのうちの一人がフロックを着ている。着なれないせいか、メルトンに対して妙に遠慮する傾きがある。あとのものは皆和服で、かつ不断着のままだからとんと正月らしくない。この連中がフロックを眺めて、やあ――やあと一ツずつ云った。みんな驚いた証拠である。自分も一番あとで、やあと云った。 フロッ