梅崎春生 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
垣根の破れたところから、大きな茶のぶち犬が彼の庭に這入ってきた。お隣の発田の飼犬である。なにか考えこんでいる風に首を垂れ、彼が大切にしている牡丹のところへふらふらとあるいてきたが、その根の辺をくんくん嗅ぎながら二三度廻り、また何となく縁側の方に近づいてきた。どこかで転んだと見え、脇腹に濡れた枯葉を二三枚貼りつけている。縁の前にはバケツをさかさに伏せ、その上に彼の古靴が乾してある。そこで立ち止ると、急に考え深そうな表情になって、丹念に古靴のあちこちを嗅いでいたが、束ねた紐をいきなりくわえて、靴の片方ずつを顔の両側にぶらりと垂らした。そのままでちらりと彼の方を見たようである。硝子戸の内側に座布団を何枚もならべ、その上に寝そべって、彼はそれを眺めていた。 (どうも変だ)頬杖をついたまま、彼はそう考えた。 ぶち犬は靴をくわえたまま、彼の方から眼をそらすと、重そうに頸をふり、今来た道をふらふらと垣根の方に戻って行った。硝子戸の外の犬のいる風景は、ありありと眼に見えていて、またどことなく黄色い光を帯びていた。最後にぶち犬の尻尾が垣根の破れ口にちらりとひらめいて、靴もろとも外に消えた。 (あの垣根も

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