梅崎春生 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
その夜彼はかなり酔っていた。佐渡という友人が個展を開いたその初日で、お祝いのウィスキーの瓶が何本も出た。酩酊して新宿駅に着いたのは、もう十時を過ぎていた。 つかまえたのは、専門の構内タクシーである。駅を出て客が指定したところで降ろし、またまっしぐらに駅に戻って来る式のもので、それが一番安全そうに見えたからだ。酔うと彼は必要以上に用心深くなる癖がある。戦後しばらくして、その時彼はまだ若かったが、酔ってプラットホームから落ちて怪我して以来、その癖がついた。年とともにその癖は、ますます頑固になって行く傾向がある。 「この人はね、酔って来ると、すぐに判るよ」 その夜も佐渡が笑いながら皆に説明した。 「道でも廊下でも、曲り角に来ると、壁にへばりつくようにして、直角に曲るんだよ。さっきから見ていると、もう直角になって来たようじゃないか。そろそろ帰ったらどうだい?」 「へばりつくなんて、ヤモリじゃあるまいし」 彼は答えた。いくらか舌たるくなっているのが、自分でも判った。そしてふらふらと立ち上った。 「でも、そう言うんなら、先に帰らせてもらうよ。さよなら」 「矢木君。君、送って行け」 佐渡が追い打ちを

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