梅崎春生 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
申すまでもなく、食物をうまく食うには、腹をすかして食うのが一番である。満腹時には何を食べてもうまくない。 今私の記憶のなかで、あんなにうまい弁当を食ったことがない、という弁当の話を書こうと思う。弁当と言っても、重箱入りの上等弁当でなく、ごくお粗末な田舎駅の汽車弁当である。 中学校二年の夏休み、私は台湾に遊びに行った。花蓮港に私の伯父がいて、私を招いてくれたのである。うまい汽車弁当とは、その帰路の話だ。 花蓮港というのは東海岸にあり、東海岸は切り立った断崖になっている関係上、その頃まだ道路が通じてなく、蘇澳から船便による他はなかった。その船も二、三百屯級の小さな汽船で、花蓮港に碇泊してハシケで上陸するのである。 で、八月末のある日の夕方、私はハシケで花蓮港岸を離れ、汽船に乗り込んだ。この汽船がひどく揺れることは、往路においてわかったから、夕飯は抜きにした。私は今でも船には弱い。 そして案の定、船は大揺れに揺れ、私は吐くものがないから胃液などを吐き、翌朝蘇澳に着いた。船酔いというものは、陸地に上がったとたんにけろりとなおるという説もあるが、実際はそうでもない。上陸しても、まだ陸地がゆらゆら

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