江戸川乱歩 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
青山浩一は、もと浜離宮であった公園の、海に面する芝生に腰をおろして、そこに停泊している幾つかの汽船を、ボンヤリと眺めていた。うしろに真赤な巨大な太陽があった。あたりは見る見る夕暮の色をおびて行った。ウイーク・デイのせいか。ときたま若い二人づれが通りかかるほかには、全く人けがなかった。 伯父のへそくりを盗み出した五万円は、十日間の旅行で遣いはたしてしまった。ポケットには、辛うじて今夜の家賃に足りるほどの金が残っているばかりだ。 温泉から温泉へと泊りあるいて、二十一才の彼にやれることは、なんでもやって見たが、どれもこれも、今になって考えると、取るに足るものは一つもなかった。あの山、この谷、あの女、この女、ああつまらない。生きるに甲斐なき世界。 伯父の家へは二度と帰れない。勤め先へ帰るのもいやだ。自転車商会のゴミゴミした事務机と、その前にたち並んでいる汚れた帳簿を思い出すだけでも、吐き気を催した。 暮れて行く海と空を、うつろに眺めていると、またあの幻が浮かんで来た。空いっぱいの裸の女、西洋の絵にある聖母と似ているが、どこかちがう。もっと美しくなまめかしい。情慾に光りかがやいている。青年は、あ

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