大下宇陀児 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
「おやおや、惜しいことしちまつたな」 思わず口から出たひとりごとだつたが、それを聞きとがめた井口警部が、ふりむいて、 「なんだい。何が惜しいことしたんだね」 というと平松刑事が、さすがに顔を赤らめひどく困つた眼つきになつて、 「いえ……その……金魚ですよ。こいつは三匹ともかなり上等のランチュウです。死んでしまつているから、どうも惜しいことしたと思いまして」 と答えたから、捜査の連中も鑑識の連中もあぶなくぷッと吹きだすところだつた。 眼の前に、人間の死体があつた。 庭先きの土の中に、大ぶりな瀬戸物の金魚鉢が、ふちのところまでいけこんであつて、その鉢のそばで、セルの和服を着、片足にだけ庭下駄をつつかけた人間の死体が、地べたに這いつくばつている。 のちにわかつたが、死の原因は青酸加里による毒殺だつた。死体の両手がつきのばされて、鉢のふちに掴みかかろうという恰好をしている。多分被害者は、苦しみもがき、金魚鉢のところまで這いよつてきて、口をゆすぐか、または、鉢の中の水を飲もうとしたのだろう。その時、まだ口に残つていた毒が水中へしたたりおちたために、金魚も死んだのだと思われる。しかし、問題はこの毒

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