小熊秀雄 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
裸婦 (一) 或る雪の日の午後。 街の角でばつたり、お麗さんらしい背をした女とすれちがつた。 女は鼠色の角巻を目深に、すつと敏捷に身をかはしたので、その顔は見えなかつた。 ――彼女だ、たしかにあの女にちがひない。 私は断定した、同時にぎくりと何物かに胸をつかれた。 彼女は雪路を千鳥に縫つて、小走りに姿を消してしまつた。 ――あの女の素裸を見たことがあるのだ、勿論一物も纒はない、ほんとうの素裸さ。 私は彼女の通り過ぎた後を振りかへつて、いひしれぬ優越感を覚えたのであつた。 女達は実際美しい。 着飾つた彼女達が、街をいりみだれて、配合のよい色彩の衣服をひるがへして往来してゐる姿は、まつたく天国だ。 黒い雲がすつと走り、急に曇天となり、空の一角がピカリとひらめいたと思ふまに、何かゞくづれるやうな大音響がして、雲の中から大きな青い手が。 爪の長い手が、ふいに現れ電光のやうに下界に流れた。 そして手は、一時に彼女達の衣服を空に舞あげたとしたら、彼女達はどんなに狼狽することだらう。 もぐらもちがお日様に眼を射られた時のやうに、あわてゝ下水溝の中へ悲鳴をあげて裸を隠すだらう。 しかしそんな心配は不要
小熊秀雄
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