折口信夫 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
古代研究 追ひ書き 折口信夫 この書物、第一巻の校正が、やがてあがる今になつて、ぽっくりと、大阪の長兄が、亡くなつて行つた。さうして今晩は、その通夜である。私は、かん/\とあかるい、而もしめやかな座敷をはづして、ひっそりと、此後づけの文を綴つてゐるのである。夜行汽車の疲れをやすめさせようと言ふ、肝いり衆の心切を無にせまい為、この二階へあがつて来たのであつた。 かうして、死んで了うた後になつて考へると、兄の生涯は、あんまりあぢきなかつた。ある点から見れば、その一半は、私ども五人の兄弟たちの為に、空費して了うた形さへある。 昔から、私の為事には、理会のある方ではなかつた。次兄の助言がなかつたら、意志の弱い私は、やっぱり、家職の医学に向けられて居たに違ひない。或は今頃は、腰の低い町医者として、物思ひもない日々を送つてゐるかも知れなかつた。懐徳堂の歴史を読んで、思はず、ため息をついた事がある。百年も前の大阪町人、その二・三男の文才・学才ある者のなり行きを考へさせられたものである。秋成はかう言ふ、境にあはぬ教養を受けたてあひの末路を、はりつけものだと罵つた。そんなあくたいをついた人自身、やはり何
折口信夫
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