折口信夫 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
今の時期の日本人に、一番見せたく思はれるのは、文楽座の舞台が、最濃厚に持つてゐる愁ひの芸術である。極度に反省力を失つた我々は、心の底から寂しい光りに照されて来なければ、ほんたうに種族としての救ひがないのである。文楽も、ある点からは近年少しうけに――と言つては気の毒なほどだが――入り過ぎた傾きが見えた。だが今度と言ふ今度はさう言ふものを洗ひ落した、静かな輝きを以て、我々の心に触れようとしてゐる。東京都民が、この芸術擁護の情熱を、披瀝すべき時である。従来、文楽三芸門――浄瑠璃・人形・三味線――が、これ程清楚な調和を見せたことはないのである。 少掾・文五郎・清六を一つ舞台にすゑてながめる鮓屋の段などには、同じ世代にこれ等の名人と住む誇りに胸がふくれて来る様な気がしない者はないだらう。 併し、最私を歓喜させたのは、大物浦の奥であつた。次期をうけ持つ大隅・光造それに清八の協力が、安徳帝入水の長丁場を見事な成績で演じたことであつた。歌舞妓とこれを比較するのはをかしな話だが、故歌右衛門でも、これだけ思ひ深く典侍局を演じることはできなかつた。老練な清八の芸が背景になつて居たとは言へ、光造もよく――人形
折口信夫
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