片山広子 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
よる眠る前に、北の窓をあけて北の空を見ることが私のくせになつてしまつた。窓から二間ぐらゐ離れて、隣家の地主の大きな納屋が立つてゐる、むかし住宅であつたこの納屋は古くても立派な屋根をもつてゐる。その黒々とした大きな屋根の上を少しはづれたところに北斗の星がみえる。どこで見ても変らない位置のあの七つの星は納屋の屋根の真上からななめに拡がつて、いちばん遠い端のものはひろい夜ぞらの中に光つてゐる。しかし私がきまつてながめるのは、あの「ねの星」つまり北極星である。肉眼でみるとあまり大きくはないが、静かにしづかに光つてまばたきもしない。かぎりなく遠い、かぎりなく正しい、冷たい、頼りない感じを与へながら、それでゐて、どの星よりもたのもしく、われわれに近いやうでもある。人間に毎晩よびかけて何か言つてゐる感じである。 浜田山に疎開して以来、月や星をながめる気持でなくなつたのに、ふしぎに毎晩眠る前には北の星を仰いで何か祈りたい心になる。何をいのるのか自分でもわからない。たよりなく小さい、はかない、人間の身を見て下さいと星に言ふつもりだらうか? 伝説には、円卓騎士の大将アーサアが北極星から名をもらつたといふ話
片山広子
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