北原白秋 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
蜜柑山でも見に行かうかと、日向ぼつこから私が立つと、夕暮君も、それはよからうと続いて立ち上つた。竹林の昼餐をやつと済ますと、私たちは裏の別荘の丘に席を移して、山と海との大観をそれまでほしいままに楽しんでゐたのである。いい冬晴の午後三時過ぎ、空には微塵の雲も無かつた。日は双子の山の上に、ちやうど「日光」の表紙画のやうに、十方に放射光を輝かしてゐた。 「では、後からお銭と籠を婢やに持たしてあげますから、そろそろのぼつていらつしやい。」と、妻が病後の子供をかかへあげた。 私たち二人はテニスコートを抜け、丘の青木の間を鉄条網の壊れを探して、その上の桑畑へ出た。桑畑の畝には蚕豆の列がもう子供の手に鳴らせるほどの葉の厚みに大きく伸びそろつてゐる。 「ほう、竜胆だ。見たまへ。」 私は柵の下へかがむ。紫竜胆が枯芝や落葉の間にすでにふくらみかけてゐる。「竜胆は二つづつ咲くものだよ。」と私が云ふ。 「や、やああ。」と夕暮は両手を半ば上へあげて、「どうだ、あの赤いのは。」と驚かせる。宮様の松山の櫨紅葉を見たのだ。 そこへ婢やが、竹籠と白いずつくの坊やの鞄を持つて息せき切つて来る。竹籠の中に封筒が入れてある。
北原白秋
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