坂口安吾 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
処女作前後の思ひ出 坂口安吾 私が二十の年に坊主にならうと考へたのは、何か悟りといふものがあつて、そこに到達すると精神の円熟を得て浮世の卑小さを忘れることができると発願したのであるが、実は歪められた発願であつて、内心は小説家になりたかつたのであり、それを諦めたところに宗教的な満足をもとめる心も育つたのであらうと思ふ。なぜ諦めたかと云へば、言ふまでもなく、才能がないと思つたからだ。 芸術は天才がなければ出来ないと私は考へてゐた。私はスポーツにはやゝ天分があつて、特にヂャムプは我流の跳び方だけでインターミドルに入賞したり、関東だけだつたら、投擲でもハードルなどでも勝てるし、野球や柔道も巧かつた。それに比べると芸術の天分など全然自信がなかつた。その上、いくらか天分があると思ふヂャンプでも同じ頃織田だの南部がインターミドルの花形で、彼らに比べると私はとても駄目だと思つてゐた。芸術などは国境すらもないもので、インターミドル一だの日本一だのといふことすら許されない絶対のものだと考へてゐたから(私は中学時代「絶対の探求」「文学の本質」いづれも同じ著者、その名を失念、を耽読した)とうてい自分の近づき難
坂口安吾
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