坂口安吾 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
一九三×年のことである。新潟も変つた。雪国の気候の暗さは、真夏の明るい空の下でも、道路や、建築や、行き交ふ人々の表情の中に、なにがなし疲れの翳を澱ませて、ひそんでゐる。さういふ特殊な気候の暗さや、疲れの翳が、もはや殆んど街の表情に見られないのだ。まづ第一に鋪装道路。表通りの商店街は、どの都市にもそつくり見かけるあたりまへの商店建築が立ちならび、壁面よりも硝子の多い軽快な洋風商店、ビルディング、ネオンサイン、酒場、同じことだ。築港の完成。満洲国との新航路開通といふこの市の特殊な事情もあるけれども、変つたのは、あながちこの市の話だけではないらしい。欧洲で言へば、世界大戦を境にして、と言ふところだが、日本では、恐らく関東大震災を境にして、と言ふのであらう。日本中の都会の顔が、例外なしに変つたらしい。 青木卓一は久々に故郷へ戻りついた夜、叔父の田巻左門と大寺老人に案内されて、食事がてら街を歩いた。遠来の客をもてなすためといふよりは、老来益々出不精で、夜街の賑ひを忘れてゐる左門叔父の好奇心が強かつた。三人はダンスホールへもぐりこんだ。これも亦東京と同じことだ。廻転する光の色が踊りにつれて変化する

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