坂口安吾 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
淪落の青春 坂口安吾 石塚貞吉が兵隊から帰ってきたころは、日本はまったく変っていた。彼の兵隊生活は捕虜時代も数えて八年にわたり、ソ満国境から北支、南支、仏印、フィリッピン、ビルマ、戦争らしい戦争はビルマだけ、こゝではひどい敗戦で逃げまわっているうちに終戦、捕虜になった。彼が故国へ帰ってきたのは、終戦後一年半も後のことで、おぼろげながら故国の様子も伝わっており、別に感動もなく引揚船から日本本土へ、東京を廻って、故郷の山国へ帰ってきた。 実際彼がふるさとへ帰ってきて、先ず戦争はどうだった、そう質問を受けて答えた言葉は、腹がへった、ということだけで、まったく外に感想がない状態だった。 生き残った僅かばかりの同僚の中にも、祖国の土をふんで感奮する者もあり、再び見る祖国を涙の目で望んで、拾ってきた命だから、これからは新しい日本の捨石になって小さな理想の実現に命を打ちこむのだ、などゝ亢奮している男もないではなかった。女房子供と小さく安穏に暮すだけでたくさんだ、たゞ腹いっぱい食べたい、というのもあるし、約束した娘はどうしたやら、もうお婆さんになっているだろうな、と憂い顔なのもいた。まったく浦島のよう
坂口安吾
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