寺田寅彦 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
自分は蚊帳が嫌いである。しかし蚊に責められるのはそれ以上に嫌いだから仕方なしに毎晩このいやな蚊帳へもぐり込んで我慢している、そしてもう少し暑苦しくない心持のよい蚊帳が出来ぬだろうかと思う。一夜寝ながら色々考えてみた。 第一に蚊帳の内と外とで温度がどれだけ違うだろうかと思って夜中に寒暖計を持って出たり入ったりしてみたが残念ながら大した差はなかった。しかし人体に感ずる暑さは必ずしも寒暖計の示度ばかりでは分らぬ。空気の流通の善悪が大いに関係する。気温は高くても風があれば涼しい。ところが蚊帳がこの風を邪魔するのは確かである。風のある宵に蚊帳の内と外とで煙草をふかしてみても知れる。それもそのはずである。風のエネルギーは第一に蚊帳を煽るに費やされ網の目を抜ける時に摩擦で消される。 蚊帳が幾分でも空気の疎通を妨げるとすれば二、三人も狭い蚊帳に寝ていれば炭酸瓦斯の分量も外よりは多くなるかも知れぬ。しかしこんな試験は素人では出来ぬ。 一体蚊を防ぐのが目的ならばもう少し目の粗い布を使ったらよさそうなものである。試みに宅の蚊帳の目を数えてみたら一寸四方の中に平均九百ばかりの目がある。いくら小人島の蚊でもこん
寺田寅彦
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