寺田寅彦 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
雑記帳より(2) 寺田寅彦 一 今年の春の花の頃に一日用があって上野の山内へ出かけて行った。用をすました帰りにぶらぶら竹の台を歩きながら全く予期しなかったお花見をした。花を見ながらふと気の付いたことは、若いときから上野の花を何度見たかしれない訳であるが、本当に桜の花を見て楽しむ意味での花見をすることが出来るようになったのはほんの近年のことらしい、ということである。それ以前には花を見るつもりで行っても花よりは花を見に来ている人間が気になって仕方がなかった。人にこだわりながら花見をして帰ると頭が疲れてがっかりしたものである。家族連れで出かけるとその上に家族にこだわるので疲れ方が一層はげしかった。それだのに、どうしたことか、近頃はそれほど人にこだわらないで花が見られるようになったらしい。これが全くこだわらなくなる頃にはもう花が見られなくなるかもしれない。 二 あらゆる花の中でも花の固有の色が単純で遠くから見てもその一色しか見えない花と、色の複雑な隈取りがあって、少し離れて見ると何色ともはっきり分らないで色彩の揺曳とでも云ったようなものを感じる花とがある。朱色の罌粟や赤椿などは前者の例であり、
寺田寅彦
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