徳田秋声 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
町の踊り場 徳田秋声 夏のことなので、何か涼しい着物を用意すればよかつたのだが、私は紋附が嫌ひなので、葬礼などには大抵洋服で出かけることにしてゐた。紋附は何か槍だの弓だの、それから封建時代の祖先を思はせる。それに、和服は何かべらべらしてゐて、体にしつくり来ないし、気持までがルウズになるうへに、ひどく手数のかゝる服装でもある。 それなら洋服が整つてゐるかといふと、さうも行かなかつた。古い型のモオニングの上衣は兎に角、ズボンがひどく窮屈であつた。そこで私はカシミヤの上衣に、春頃新調の冬ズボンをはいて、モオニングの上衣だけを、着換への和服と一緒に古いスウトケースに詰めた。私は田舎の姉が危篤だといふ電報を受取つて、息のあるうちに言葉を交したいと思つたのである。さういふことでもなければ、帰る機縁の殆んどなくなつた私の故郷であつた。 駅へついてみて、私は長野か小諸か、どこかあの辺を通過してゐる夜中に、姉は彼女の七十年の生涯に終りを告げたことを知つた。多分私はその頃――それは上野駅で彼女と子供に見送られた時から目についてゐたのだが、或る雑種じみた脊の高い紳士と、今一人は肉のぼちや/\した、脊の低い、
徳田秋声
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