中谷宇吉郎 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
今まであまり思い出のようなものは書かなかったが、私も今年で一人前の年齢に達したので、これからはあまり遠慮しないで、一つそういう話も書いてみることにする。 もう十年以上も昔の話であるが、私は妙な難病にかかって、死に損ねたことがある。それが科学の力でけろりと治って、今では少しにくらしいといわれるくらい丈夫になっている。 科学の力は、科学に縁のない人の方が、余計に信用しているようである。科学を商売にしていると、どうも楽屋裏の方がよく見えて、あまり信用する気にはならなかった。物理学などが、科学の方では一番いい方であるが、それも今度の原子爆弾が本当に出来るまでは、少々多寡をくくっていた。しかし原子爆弾には心底からおどろいたので、今では物理学を大いに尊敬している。 医学の方も、この頃は、ペニシリンだの、ストレプトマイシンだのというものが出来たので、大分信用を高めて来た。しかし十年前までは、西洋医学の方は、少し難病の患者には、あまり信用がなかったようである。その証拠には、心霊療法のようなものが、東京の真ん中で、立派に大邸宅をかまえて繁昌していた。医者がどんどん病気を治してくれれば、そんなものが跋扈す
中谷宇吉郎
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