中谷宇吉郎 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
もう四年前のことになるが、考えて見れば、寺田先生の亡くなられた年の夏のことである。 先生の最後の随筆集『蛍光板』を貰って、ひとわたりずっと読んで行ったところが、「冬夜の田園詩」という短い文章のところで、私は妙に底知れぬしみじみとした感じにうたれたことがあった。 それは三頁にも足らぬ短いものではあったが、その中に先生の幼かった頃の土佐の民族詩的情景が、いかにもありありと描き出されていた。 冬の夜長に孫たちの集っている灯下で夜なべ仕事をしながら、山中の狸どもの舞踏会の話をする老婆の姿や、夕闇迫る田圃道で子供たちが原始民謡風な歌を唄いながら、その唄におびえて一せいに駆け出すという話など、とりとめもないような事柄の叙述の中に、美しくもまた物怖しい童話詩的な雰囲気がよく語られていた。 そして先生は、その幼い頃に郷里の「田園の闇に漲って」いたところの「滑稽なようで物凄いような、何とも形容の出来ない夢幻的な気持」を、民族的記憶とでもいうようなものではなかろうかといっておられた。 こういうものを読んで、その感情がひたひたと身に迫って感ぜられたのも、私どものように、田舎に育ったものの特権であろう。 私ど
中谷宇吉郎
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