新美南吉 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
椋の實の思出 新美南吉 それは秋のこと――。丁度尋常五年の今頃だつた。いつもの樣に、背戸川の堤の上に青々と繁つて高く突き立つて居る椋の木に登つて、繁と、正彦と、勝次と、それから僕との四人は樂しく遊んで居た。 背戸川は長い照りでかんからだつた。川上の方からころがつて來た小さな圓い礫が一ぱい敷きつめてゐる上を、赤とんぼが可愛い影を落しながらスイスイと飛んでゐた。 皆は何事も忘れて、たゞ椋の實を採る事に夢中だつた。 小さな青い椋の實を澤山採つてもみがらの中に入れて置くと、丁度霜が下りて寒くなる頃には黒く軟かくなる。竹馬に乘つて日當のいゝお寺の白壁にもたれながら、それを頬張るのはとてもうまい。それで、誰よりも自分が澤山とらうと、成るべく高い成るべく人の行つた事もない枝へ登つて行く。 小さくて身輕な勝次は今まで誰一人行つた者のないらしい場所に、枝もたはむ程になつてゐる青い椋の木を見つめながら、赤い頬に笑を浮べて叫んだ。「今に見てろ! 俺が誰よりも澤山採つて來るからツ。」それから皆は自分の事をも打忘れ、勝次が夥しい椋の實を貪り採つてゐる嬉しさうな姿を羨しく見つめてゐた。勝次はやがてふつくらとふくら
新美南吉
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