萩原朔太郎
萩原朔太郎 · 日本語
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萩原朔太郎 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
先に詩集「鐵集」で、これが最後の詩集であると序文した室生君は、いよいよ雜誌に公開して詩への告別を宣言した。感情詩社の昔から、僕と手をたづさへて詩壇に出て、最初の出發から今日まで、唯一の詩友として同伴して來た室生君が、最後の捨臺詞を殘して告別したのは、僕にとつて心寂しく、跡に一人殘された旅の秋風が身にしみて來る。 室生君の告別演説には、自己に對する反省と苛責とがあり、それが外部に八當りして、多少皮肉な調子を帶びてゐた。詩は少年や青年の文學だから、中年になつて詩に執するのは未練であり、潔よく捨ててしまふ方が好いと言ふのである。一應それにはちがひないが、ここにはまた室生君自身の場合に於ける、特殊な個人的な事情が指摘される。元來、僕等の作る「詩」といふ文學は、西洋から舶來した抒情詩や敍事詩の飜案で、日本に昔からあつた文學ではない。日本の國粹のポエムは、だれも知つてゐる通り和歌や俳句である。かうした傳統の詩があるところへ、さらに西洋から輸入して、また一の別なポエムを加へた。そこで今の日本には、和歌と、俳句と、歐風詩と、つまり三つの詩があるわけである。 さてこの最後の歐風詩、即ち僕等が普通に「詩」
萩原朔太郎
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