萩原朔太郎 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
中原君の詩はよく讀んだが、個人としては極めて淺い知合だつた。前後を通じて僅か三囘しか逢つて居ない。それも公會の席のことで、打ちとけて話したことはなかつた。ただ最後に「四季」の會で逢つた時だけは、いくらか落付いて話をした。その時中原君は、強度の神經衰弱で弱つてることを告白し、不斷に強迫觀念で苦しんでることを訴へた。話を聞くと僕も同じやうな病症なので、大に同情して慰め合つたが、それが中原君の印象に殘つたらしく、最近白水社から出した僕の本の批評に、僕の人物を評して「文學的苦勞人」と書いてる。その意味は、理解が廣くて對手の氣持ちがよく解る人(苦勞人)といふのである。僕のちよつとした言葉が、そんなに印象に殘つたことを考へると、中原君の生活はよほど孤獨のものであつたらしい。大體の文學者といふものは、殆んど皆一種の精神病者であり、その爲に絶えず惱んでゐるやうなものであるが、特に中原君の如き變質傾向の強い人で、同じ仲間の友人がなく、その苦痛を語り合ふ對手が居なかつたとしたら、生活は耐へがたいものだつたにちがひない。前の同じ文中で、中原君は僕のことを淫酒家と言つてるが、この言はむしろ中原君自身の方に適合
萩原朔太郎
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