葉山嘉樹 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
氷雨 葉山嘉樹 一 暗くなつて来た。十間許り下流で釣つてゐる男の子の姿も、夕暗に輪廓がぼやけて来た。女の子は堤の上で遊んでゐたが、さつき、 「お父さん、雨が降つて来たよ」 と、私に知らせに来た。 「どこかで雨を避けておいで」 と返事をしたまま、私は魚を釣り続けてゐたのだが、堤には小さな胡桃の木以外には生えてゐなかつた。それも秋も深んだ今では、すつかり葉を落してしまつて、裸で立つてゐるのだつた。 兄の方が、釣り竿を堤防の石垣の穴にさし込んどいて、 「かうして屋根を葺くんだよ」 と云つて、堤の上に乾してあつた乾草を胡桃の枝に渡して、屋根を葺いてやつた。 多分この乾草は、軍に献納した馬糧の残りであらう。その一ヶ月前位に、農民たちは腹までも川の水に浸つて、三角洲に生えた丈の長い草を苅りに、川を渡つて行つたのを私は見てゐたから。 いつもなら、子供たちは、「もう帰らうよ、暗くなつたぢやないか」だとか、「お父さんは未だお腹が空かないの」とか云つて帰りをせき立てるのだが、今日は「帰らう」とは云はなかつた。 高原の秋は寒かつた。日は暮れ、雨さへも降り出したので、寒さは又増した。子供たちの心の中にも心細さ
葉山嘉樹
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