原民喜 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
☆その男が私の前に坐って何か話しているのだが、私は妙に脇腹のあたりが生温かくなって、だんだん視野が呆けてゆくのを覚える。例によって例の如く、これは相手の術策が働いているのだなと思う。私は内心非常に恥しく、まる裸にされて竦んでいる哀れな女を頭に描いていた。そのまる裸の女を前にして、彼は小気味よそうに笑っているのである。急に私は憎悪がたぎり、石のように頑なものが身裡に隠されているのを知る。しかし、眼の前にいる相手は、相変らず何か喋りつづけている。見ると彼の眼もかすかに涙がうるんでいる。ところで、漸くこの時になって私は相手が何を話していたかを了解した。ながながと彼が喋りつづけているのは自慢話であった。 ☆わはっと笑って、その男が面白げに振舞えば振舞うほど、後に滑り残される空虚の淵が私を困らせた。その淵にはどうやら彼の秘密が隠されていることに私は気づいていたが、そこは彼も見せたくない筈だし、私も見たくない筈であった。それにしても彼は絶えず私の注意を動揺させておかないといけないのだろうか、まるで狐の振る尻尾のように、その攪乱の技巧で以て私を疲労させた。生暖かいものが疼くに随って、その淵に滑り墜ち
原民喜
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