原民喜 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
五年後 原民喜 竜ノ彫刻モ 高イ石段カラ割レテ 墜チ 石段ワキノ チョロチョロ水ヲ ニンゲンハ来テハノム 炎天ノ溝ヤ樹ノ根ニ 黒クナッタママシンデイル 死骸ニトリマカレ シンデユク ハヤサ 鳥居ノ下デ 火ノツイタヨウニ ナキワメク真紅ナ女 これは五年前のノートに書きなぐっておいたものである。 五年前……。私はあの惨劇の翌日、東照宮の境内にたどりつき、そこで一昼夜をおくった。 石段わきの木陰に、沸いて流れる水があって、私はときどき咽喉を潤したものだ。あの水のところには、絶えず誰かが来て、かがんでいたようだ。水を飲むためばかりでなく何となく、私の足はあの清水のところに向かうのだった。今でも……。満目惨たる記憶のなかで、あのささやかな水は何かを囁いていてくれるようだ。 東照宮の鳥居の下で、反転していた火傷の娘、 兵隊サン 助ケテ あの声が真紅だったのか、あの口が真紅だったのか……くらくらと頭上に空間がくずれ墜ちるようだ。
原民喜
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