原民喜 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
昨夜あなたは田中英光のことを近々書くといっていたが、直接面識のあったあなたの書くものは面白いだろうと期待しています。彼の死は何という悲惨な日本文化の象徴でしょう、どうも惨めなのはひとり英光だけでなく、これはほとんどわれ/\文筆業者全体の置かれている惨めさではないかと思います。恐らく二十五年度もあのような惨めな現象はつゞくのではないかと思えます。 昨夜もあなたと話合いましたが英光の「さようなら」に出てくる弱い一兵卒のぎり/\の抵抗を以て死んでゆく姿には鬼気迫るものが感じられます。しかし、世間一般の田中英光に対する興味はもっと低い、そしてかなり残酷なところにあったのではないかとどうしても疑いたくなります。 私は最近ジュラル・ド・ネルヴァルの「夢と人生」を読んで非常に心打たれました。その錯乱のスケールの巨きさ、美しさ。ここではヨーロッパの神と形而上学が狂気の精密な描写とかみ合って幻夢の如く表現されています。たとえネルヴァルの生涯は不幸だったにしろ、彼こそはフランス・サンボリストの先駆者の栄光を担っています。 それに比べると、田中英光の錯乱振りは現在の日本の風俗的悲惨の別冊版のような気がします
原民喜
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