北条民雄 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
高等科二年の多吉は、ある夕方、校門を出るとただ一人きりで家路に向つた。学友たちは幾つかのかたまりになつてそれぞれの方向へ別れ、何か大声で議論し合つてゐるのもあれば、また軍歌を合唱してゐる組もあつた。多吉はちらりと彼等の方に視線を移したが、見てはならぬものを見たかのやうにすぐ顔を外向けると、幾分頭を垂れ気味にして足を早めた。彼は何事か深く考へ込んでゐた。足を早めたとたんに、道路に突き出た石の頭に躓いて二三歩よろめいたが、それにも気づかぬくらゐであつた。 「やあい、多吉!」 と呼ぶ声がその時背後から聴えた。彼からはもうかなり離れた一団の中から叫んだのに違ひなかつた。三郎ちやんだな、と多吉はすぐに悟つた。あの声は三郎に違ひない、と彼は再び頭の中で考へたが、返事はしなかつた。すると、 「タア吉ちやあん。」 と呼ぶ声がまた背中にぶつかつて来た。 彼はやつぱり返事はしなかつたが、今度はちよつと立停つて振り返つた。 「明日あそびに来いよ!」と、その声がまた叫んだ。「山へ行かうよ!」と、他の一人が代つて言つた。少しの間、多吉はじつと突立つて、ぞろぞろと近づいて来る一団を眺めてゐたが、ふと、明日は日曜だ
北条民雄
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