北条民雄 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
今日は二月の二十七日だ。夕方から雨が降り出して、夜になるとますます激しくなつて、机の前に坐つてゐると、びしよびしよと雨だれが聴えて来る。時々風が吹いて、どこか遠くの方で潮鳴りでもしてゐるやうな工合でひどく憂鬱だ。雨の音といふものは妙に淋しくなるもので、しかし考へをまとめるのにはなかなかいいものだ。それに僕は雨の多い国に生れたせゐか、どうも雨といふやつが好きでならない。夏の雨、冬の雨、春の雨、何時の雨でもその季節季節の味ひで頭を、まるで何か気持の良い温か味のある綿のやうなもので包んでくれる。だから雨の降る日には何時もの二倍くらゐ、ものが書ける。いや書けねばならない筈なのだ。 ところが、今夜はどうだらう、丸で書けないのだ。子供といふものは僕は元来好きだし、はね廻つたり、悪戯をしたり、小さな、(二字空白)のやうな唇で生意気な大人のやうな口を利いたりするのを見ると、もう堪らなくなるくらゐだ。それだのに、何といふことだ。子供のこととなると全く何も書けないのだ。光岡君から何か書けと言はれてからもうかなり日が経つし、それに締切も近いので(おまけに都合よく雨さへ降り出したので)今夜こそは書かねばなるま
北条民雄
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