北条民雄 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
朝、起き上るたびに私は一種不可解な気持をもつてあたりを見廻さずにはゐられない。夜が明けるたびに起き上つてはごそごそと動き始める日々といふものを、もう二十年あまりも続けてゐるのであるが、しかしこの単調さにも腐敗しない人間の心理といふものはなんといふ不思議さであらう。況や起き上るたびにもう動き出さうとむづむづしてゐる肉体を感ずる時、いつたい人間を何と解いたら良いのであらうか。睡眠という空白の時間をこの場合に持ち出すのは人間に対する侮辱である。切実にベルグソンの哲学を読みたいと思ふのもかういふ時である。 フロオベルの全集が届いて以来、私は毎日驚いてばかりゐる。峻厳胸を刺す驚きである 私は癩文学などいふものがあらうとは思はれぬが、しかし、よし癩文学といふものがあるものとしても、決してそのやうなものを書きたいとは思はない。今までにも書いたことのないのは勿論、また今後も決して書くまいと思つてゐる。我々の書くものを癩文学と呼ばうが、療養所文学と呼ばうが、それは人々の勝手だ。私はただ人間を書きたいと思つてゐるのだ。癩など、単に、人間を書く上に於ける一つの「場合」に過ぎぬ。 癩者を救ふ第一の道は、癩者の
北条民雄
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