北条民雄 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
自殺を覚悟するとみな一種の狂人か、放心状態に陥る。これが僕には不快なんだ。ただただ不快なんだ。さういふ状態になつて自殺するのは決して自殺とは言へないんだ。それは殺されたのだ。病気に、運命に、殺されたのだ。僕は自殺を希んでゐるけれど、殺されるのは断じて嫌だ。僕は自殺したいんだ。死の瞬間まで、自己をじつと見つめて、理性で一切を統禦する時、初めて「自殺」は可能なのだ。それは理性によつて運命を、病気を、征服したことなんだ。勝つにはこれ以外にない。 どんな、どん底の人間だつて希望は残つてゐる。さう、それは正しい。どんなどん底の人間も希望を失ふことが出来ないのだ。それが生命の、いのちある証拠なのだ。判るか、俺の言ふことが――。人間は生きてゐる限りこの希望といふ生物を背負ふべき宿命をもつてゐるのだ。だが、さう言つたからつて、どうして人生が明るいと言へるんだ。どうして幸福だと言へるんだ。 俺は希望を憎悪する。俺は希望に、希望あるが故に、苦しみ悶えてゐるのだ。ああ俺が、全き絶望に陥ち込むことが出来たらなあ、その時こそ、俺は自殺が出来るのだ。 俺はなんだつて小説なんか書く気になつたのだらう。小説を書いて、
北条民雄
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