宮本百合子 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
透き徹る秋 宮本百合子 空を、はるばると見あげ、思う。何という透明な世界だろう。 晴れ渡った或る日、障子を開け放して机に向っていた。何かの拍子に、フト眼が、庭の一隅にある青桐の梢に牽かれ、何心なく眺めるうちに、胸まで透き徹る清澄な秋の空気に打たれたのだ。 平常私の坐っている場所から、樹は、丁度眼を遣るに程よい位置にある。去年の秋、引越して来てから文学に行きつまった時、心が沈んだ時、または、元気よく嬉しく庭に下りた時、幾度この梢を見上げたことだろう。春先、まだ紫陽花の花が開かず、鮮やかな萌黄の丸い芽生であった頃、青桐も浅い肉桂色のにこげに包まれた幼葉を瑞々しい枝の先から、ちょぽり、ちょぽりと見せていた。 浅春という感じに満ちて庭を彼方此方、歩き廻りながら日を浴び、若芽を眺めるのは、実に云い難い悦びであった。 春から夏にかけて、地上のあらゆる家屋、樹木、草々は、驚くべき直接な力で、各自の美しい存在、沈黙の裡の発育、個性というものを見る者の心に訴える。芽ぐむ青桐の梢を見あげ、私は、独特の愛らしさ、素朴、延びようとする熱意を感じずにはいられない。沈丁花の、お赤飯のような蕾を見ても同じ、彼女の暖
宮本百合子
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