Vol. 2May 2026

書籍

パブリックドメイン世界知識ライブラリ

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神曲 03 天堂

ダンテアリギエリ

萬物を動かす者の榮光遍く宇宙を貫くといへどもその輝の及ぶこと一部に多く一部に少し 一―三 我は聖光を最多く受くる天にありて諸の物を見たりき、されど彼處を離れて降る者そを語るすべを知らずまた然するをえざるなり 四―六 これわれらの智、己が願ひに近きによりていと深く進み、追思もこれに伴ふあたはざるによる 七―九 しかはあれ、かの聖なる王國についてわが記憶に秘藏め

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大切な雰囲気 03 大切な雰囲気

小出楢重

自画像 押入れから古い一束のはがきと手紙の包みが現われた。調べてみると昔、両親が私の美校入学の当時、東京から送ったところの私の手紙類をことごとく集めておいたものだった。 私はなにかおそろしいものの如くその一枚を読んでみた。するとその中には、「御送付下されし小包の包み紙は細かく切って鼻紙といたしました。それくらいの倹約をしています」とあり、あるいは「画架を買う

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十二支考 03 田原藤太竜宮入りの話

南方熊楠

この話は予の知るところでは、『太平記』十五巻に出たのが最も古い完全な物らしい、馬琴の『昔語質屋庫』二に、ある書にいわくと冒頭して引いた文も多分それから抄出したと見える。その『太平記』の文は次のごとし。いわく、 (延元元年正月、官軍三井寺攻めに) 前々炎上の時は、寺門の衆徒、これを一大事にして隠しける九乳の鳧鐘も、取る人なければ、空しく焼けて地に落ちたり、この

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丹下左膳 03 日光の巻

林不忘

ふしぎなことがある。 左膳がこの焼け跡へかけつけたとき、いろいろと彼が、火事の模様などをきいた町人風の男があった。 そのほか。 近所の者らしい百姓風や商人体が、焼け跡をとりまいて、ワイワイと言っていたが。 この客人大権現の森を出はずれ、銀のうろこを浮かべたような、さむざむしい三方子川をすこし上流にさかのぼったところ、小高い丘のかげに、一軒の物置小屋がある。

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夜明け前 03 第二部上

島崎藤村

第一章 一 円山応挙が長崎の港を描いたころの南蛮船、もしくはオランダ船なるものは、風の力によって遠洋を渡って来る三本マストの帆船であったらしい。それは港の出入りに曳き船を使うような旧式な貿易船であった。それでも一度それらの南蛮船が長崎の沖合いに姿を現わした場合には、急を報ずる合図の烽火が岬の空に立ち登り、海岸にある番所番所はにわかにどよめき立ち、あるいは奉行

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中国怪奇小説集 03 捜神記(六朝)

岡本綺堂

主人の「開会の辞」が終った後、第一の男は語る。 「唯今御主人から御説明がありました通り、今晩のお話は六朝時代から始める筈で、わたくしがその前講を受持つことになりました。なんといっても、この時代の作で最も有名なものは『捜神記』で、ほとんど後世の小説の祖をなしたと言ってもよろしいのです。 この原本の世に伝わるものは二十巻で、晋の干宝の撰ということになって居ります

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半七捕物帳 03 勘平の死

岡本綺堂

歴史小説の老大家T先生を赤坂のお宅に訪問して、江戸のむかしのお話をいろいろ伺ったので、わたしは又かの半七老人にも逢いたくなった。T先生のお宅を出たのは午後三時頃で、赤坂の大通りでは仕事師が家々のまえに門松を立てていた。砂糖屋の店さきには七、八人の男や女が、狭そうに押し合っていた。年末大売出しの紙ビラや立看板や、紅い提灯やむらさきの旗や、濁った楽隊の音や、甲走

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小熊秀雄全集-03 詩集(2)中期詩篇

小熊秀雄

中期詩篇 [表記について] ●ルビは「漢字(ルビ)」の形式で処理した。 ●二倍の踊り字(くの字形の繰り返し記号)は「/\」「/゛\」で代用した。 ●は、入力者注を示す。 ●目次 謀叛|スパイは幾万ありとても|山雀の歌|失恋|低気圧へ|母親は息子の手を|代表送別の詩|才能を与へ給へ|散兵線|甘い梨の詩|マヤコオフスキイの舌にかはつて|新らしい青年へ|現実の砥石

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雨月物語 02 現代語訳 雨月物語

上田秋成

一 本書は、安永五年(一七七六)刊、野梅堂版(京都梅村判兵衛・大坂野村長兵衛の合板)の初版本を底本とした。二 本文の覆刻に際しては、できるだけもとのかたちをくずさないように留意したが、文庫という性質上、つぎの方針をとった。1 漢字はおおむね原本通りの漢字を用いた。2 振り仮名は原文にあるものは大半これを付したが、とくにわかりきったよみで、あまり煩瑣にわたる場

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青春物語 02 青春物語

谷崎潤一郎

十年たてば一と昔と云ふが、私が初めて文壇へ出てからもう彼れ此れ二十三四年になる。私も此れでまだ懐旧談などをする歳ではないんだが、近頃の「スバル」を読むと、我が中学の同窓である吉井勇君なども、しきりに青年時代のことを懐かしがつて書いてゐるやうだ。辰野隆君も矢張中学から一高、赤門を通じての古い友だちだが、「改造」だか「中央公論」だかへ出た同君の「スポーツ漫談」な

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細雪 02 中巻

谷崎潤一郎

幸子は去年黄疸を患ってから、ときどき白眼の色を気にして鏡を覗き込む癖がついたが、あれから一年目で、今年も庭の平戸の花が盛りの時期を通り越して、よごれて来る季節になっていた。或る日彼女は所在なさに、例年のように葭簀張りの日覆いの出来たテラスの下で白樺の椅子にかけながら、夕暮近い前栽の初夏の景色を眺めていたが、ふと、去年夫に白眼の黄色いのを発見されたのがちょうど

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川端茅舎句集 02 川端茅舎句集

川端茅舎

茅舎句集が出るといふ話をきいた時分に、私は非常に嬉しく思つた。親しい俳友の句集が出るといふ事は誰の句集であつても喜ばしいことに思へるのであるけれども、わけても茅舎句集の出るといふことを聞いた時は最も喜びを感じたのである。それはどうしてであるかといふ事は自分でもはつきり判らない。 茅舎君は嘗ても言つたやうに、常にその病苦と闘つて居ながら少しもその病苦を人に訴へ

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森の生活――ウォールデン―― 02 森の生活――ウォールデン――

ソローヘンリー・デイビッド

ソーロー Thoreau の『ウォールデン―森の生活』(Walden, or Life in the Woods)はアメリカの代表的古典の一つである。そのうちに盛られた精神は今日われわれの耳目にふれてつくられるアメリカという概念からはだいぶ懸けはなれているように見えるが、実はその基盤によこたわる大きな要素の一つであって、こういう要素を見落としてはわれわれのア

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日本その日その日 02 訳者の言葉

石川欣一

一 先ず第一に現在の私がこの著述の訳者として適当なものであるかどうかを、私自身が疑っていることを申し上げます。時間が不規則になりやすい職業に従事しているので、この訳も朝夕僅かな暇を見ては、ちょいちょいやったのであり、殊に校正は多忙を極めている最中にやりました。もっと英語が出来、もっと翻訳が上手で、そして何よりも、もっと翻訳のみに費す時間を持つ人がいるに違いな

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探検実記 地中の秘密 02 権現台の懐古

江見水蔭

――初めての發掘――權現臺の歴史――貝層より石棒――把手にあらで土偶――元日の初掘り――朱の模樣ある土器――奇談――珍品――地主と駄菓子――鷄屋の跡―― 太古遺跡の發掘に、初めて余が手を下したのは、武藏の權現臺である。それは余の品川の宅から極めて近い、荏原郡大井の小字の事。東海道線と山の手線と合して居る鐵道線路の右手の臺地がそれで、大井の踏切から行けば、鐵道

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古川ロッパ昭和日記 02 昭和十一年

古川緑波

昭和十年は、浅草から丸の内へといふ、僕にとっての一大転機の年として記念すべき年であった。 昭和七年一月宝塚中劇場のスタート以来、七年一杯をわれらがレヴィウ「悲しきジンタ」の大阪松竹座、浅草大勝館公演と、帝都座の「海のナンセンス」等、小やかなアトラクション俳優として過し、その暮に、新橋演舞場のカーニヴァル座結成、昭和八年正月の公園劇場出演、二月の大阪・京都吉本

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粟田口霑笛竹(澤紫ゆかりの咲分) 02 粟田口霑笛竹(澤紫ゆかりの咲分)

三遊亭円朝

さて今日から寛保年間にございました金森家の仇討のお話で、ちとお話にしては堅くるしゅうございますから、近い頃ありましたお話の人情をとりあわせ、世話と時代を一つにして永らくお聞きに入れましたお馴染のお話でございますが、ちと昔の模様でございまして、草双紙じみた処もございます。粟田口國綱と云う名剣が此の金森家にございます。これはその北條時政の守刀で鬼丸と申します名刀

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断腸亭日乗 02 断膓亭日記巻之一大正六年丁巳九月起筆

永井荷風

秋雨連日さながら梅雨の如し。夜壁上の書幅を挂け替ふ。 碧樹如レ烟覆二晩波一。清秋無レ尽客重過。故園今即如二烟樹一。鴻雁不レ来風雨多。姜逢元 等閑二世事一任二浮一。万古滄桑眼底収。偶□心期帰図画。□□蘆荻一群鴎。王一亭 先考所蔵の畫幅の中一亭王震が蘆雁の図は余の愛玩して措かざるものなり。 ◯

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泡鳴五部作 02 毒薬を飲む女

岩野泡鳴

「おい、あの婆アさんが靈感を得て來たやうだぜ。」 「れいかんツて――?」 「云つて見りやア、まア、神さまのお告げを感づく力、さ。」 「そんな阿呆らしいことツて、ない。」 「けれど、ね、さうでも云はなけりやア、お前達のやうな者にやア分らない。――どうせ、神なんて、耶蘇教で云ふやうな存在としてはあるものぢやアない。從つて、神のお告げなどもないのだから、さう云つた

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古事記 02 校註 古事記

太安万侶

〔過去の時代一〕 臣安萬侶二言さく、それ混元既に凝りしかども、氣象いまだ敦からざりしとき、名も無く爲も無く、誰かその形を知らむ三。然ありて乾と坤と初めて分れて、參神造化の首と作り四、陰と陽とここに開けて、二靈群品の祖となりたまひき五。所以に幽と顯と六に出で入りて、日と月と目を洗ふに彰れたまひ、海水に浮き沈みて、神と祇と身を滌ぐに呈れたまひき。故、太素は杳冥た

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死線を越えて 02 太陽を射るもの

賀川豊彦

検事審問室は静かであつた。 その室は白壁を塗つた、無風流なものであつたが、栄一はそれをあまり気にもしなかつた。彼は一時間以上そこで待たされた。生憎、書物も何にも持たずに来たものだから、その間彼は冥想と祈りに費した。 東向の窓は大きな硝子張のものであるが、日あたりの悪い故か、何となしに陰気であつた。窓の向うに赤煉瓦三階立の検事詰所が見える。 何人かの検事や書記

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妖怪学講義 02 緒言

井上円了

哲学館主  井上円了述 美妙なる天地の高堂に座して、霊妙なる心性の明灯を点ずるものはなんぞや。だれも問わずして、その人間の一生なるを知る。果たしてしからば、その一生中、森然たる万有を照見するものは実に心灯の光なり。しかして、その光を養うものは諸学の油なり。ゆえに、諸学ようやく進みて心灯ようやく照らし、心灯いよいよ明らかにして天地いよいよ美なり。吾人すでに心灯

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大切な雰囲気 02 序

石井柏亭

鬼才小出楢重が逝いてから早くも五年になろうとする。そうして今ここに彼の随筆集『大切な雰囲気』が刊行されることになった。これには『めでたき風景』に漏れた、昭和二年から四年へかけての二三篇「国産玩具の自動車」「挿絵の雑談」「二科会随想」等も含まれはするが、其大部分は其最も晩年なる五年中に書かれたものである。 体質の弱い彼は一年の間に画作に適する時季を極めて僅かし

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遺稿 02 遺稿

泉鏡花

この無題の小説は、泉先生逝去後、机辺の篋底に、夫人の見出されしものにして、いつ頃書かれしものか、これにて完結のものか、はたまた未完結のものか、今はあきらかにする術なきものなり。昭和十四年七月号中央公論掲載の、「縷紅新草」は、先生の生前発表せられし最後のものにして、その完成に尽くされし努力は既に疾を内に潜めいたる先生の肉体をいたむる事深く、その後再び机に対われ

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