お嬢さん
片山広子
花の里、吉原にその青年は初めて行つたのである。それから十日位すぎて私にその夜のてんまつを聞かしてくれた。彼と私とは年齢の差を越えての友達だつた。青年は古い紳士の家に生れて上品で神経質だつたが、同時に人のおもひもかけない突飛な真似もする人で、その吉原行きも、小説でも書きたい願ひを持つてゐるのだから、世間のうら街道も時々は歩いてみなければと思ひついた結果らしかつ
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片山広子
花の里、吉原にその青年は初めて行つたのである。それから十日位すぎて私にその夜のてんまつを聞かしてくれた。彼と私とは年齢の差を越えての友達だつた。青年は古い紳士の家に生れて上品で神経質だつたが、同時に人のおもひもかけない突飛な真似もする人で、その吉原行きも、小説でも書きたい願ひを持つてゐるのだから、世間のうら街道も時々は歩いてみなければと思ひついた結果らしかつ
蒲松齢
王子服はの羅店の人であった。早くから父親を失っていたが、はなはだ聡明で十四で学校に入った。母親がひどく可愛がって、ふだんには郊外へ遊びにゆくようなこともさせなかった。蕭という姓の家から女をもらって結婚させることにしてあったが、まだ嫁入って来ないうちに没くなったので、代りに細君となるべき女を探していたが、まだ纏まっていなかった。 そのうちに上元の節となった。母
宮沢賢治
とっこべとら子 宮沢賢治 おとら狐のはなしは、どなたもよくご存じでしょう。おとら狐にも、いろいろあったのでしょうか、私の知っているのは、「とっこべ、とら子」というのです。 「とっこべ」というのは名字でしょうか。「とら」というのは名前ですかね。そうすると、名字がさまざまで、名前がみんな「とら」という狐が、あちこちに住んでいたのでしょうか。 さて、むかし、とっこ
グリムヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール
むかし昔、あるところにわがままな子どもがあって、おかあさんのしておくれとおっしゃることを、なんにもしませんでした。それだものですから、神さまがこの子どもに愛想をつかして、子どもを病気にかからせました。お医者さまはどうすることもできず、すこしたって、子どもは小さな寝台の上で息をひきとってしまいました。 ところが、子どもがいよいよお墓のなかへうずめられて、その上
グリムヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール
ある大きな森のまえに、ひとりの木こりが、おかみさんといっしょに住んでいました。子どもは、三つになる女の子がたったひとりしかありませんでした。 木こり夫婦はたいへん貧乏で、その日その日のパンもなく、子どもになにを食べさせたらよいか、とほうにくれるほどでした。 ある朝、木こりは心配ごとに胸をいためながら、森へしごとにでかけました。木こりが森のなかで木を切っていま
宮本百合子
M子 宮本百合子 今消したばっかりの蝋燭の香りが高く室に満ちて居る。 其中に座って一人ぽつねんと私は或る一人の友達の事を思って居る。 其の人の名はM子と云う。 年は私とそう違わない。 大柄な背の高い髪の毛の大変良い人だけれ共色の黒いのが欠点だと皆知ってるものが云って居る。 面長な極く古典的な面立がすっかりその性質を表わして居る。 ほんとうのフトした事から交際
小川未明
坊やはいい子だ、ねんねしな。 泣くないい子だ、ねんねしな。 月の光をながむれば、 母さん、父さん恋しいよ。 水の流れをながむれば、 母さん、父さん恋しいよ。 お守のお里は遠い国。 泣くと、わたしも泣きたいわ。 坊やはいい子だ、ねんねしな。 泣くないい子だ、ねんねしな。 ●図書カード
葛西善蔵
掃除をしたり、お菜を煮たり、糠味噌を出したりして、子供等に晩飯を濟まさせ、彼はやうやく西日の引いた縁側近くへお膳を据ゑて、淋しい氣持で晩酌の盃を甞めてゐた。すると御免とも云はずに表の格子戸をそうつと開けて、例の立退き請求の三百が、玄關の開いてた障子の間から、ぬうつと顏を突出した。 「まあお入りなさい」彼は少し酒の氣のつてゐた處なので、坐つたなり元氣好く聲をか
葛西善蔵
子をつれて 葛西善蔵 一 掃除をしたり、お菜を煮たり、糠味噌を出したりして、子供等に晩飯を済まさせ、彼はようやく西日の引いた縁側近くへお膳を据えて、淋しい気持で晩酌の盃を嘗めていた。すると御免とも云わずに表の格子戸をそうっと開けて、例の立退き請求の三百が、玄関の開いてた障子の間から、ぬうっと顔を突出した。 「まあお入りなさい」彼は少し酒の気の廻っていた処なの
北一輝
子に与ふ 北一輝 遺書 大輝よ、此の経典は汝の知る如く父の刑死する迄、読誦せるものなり。 汝の生るると符節を合する如く、突然として父は霊魂を見、神仏を見、此の法華経を誦持するに至れるなり。 即ち汝の生るるとより、父の臨終まで読誦せられたる至重至尊の経典なり。父は只此法華経をのみ汝に残す。父の想ひ出さるる時、父の恋しき時、汝の行路に於て悲しき時、迷へる時、怨み
林芙美子
子供たち 林芙美子 雨が降つて暗い昼間であつた。堀には汚水がいつぱい溢れてゐた。床屋を出て雨傘を低く差しかけ、刈つて貰つた短い髪の毛にさはりながら歩いてゐると、後からぴちやぴちや汚水をはねて、「おばさん!」と言つて走つて来る子供があつた。 「何?」 振りかへると、赤と青の床屋のねじ棒が、眼に浸みるやうな色でぐるりぐるり床屋の店先きに廻つてゐる処から、汚れた紺
小川未明
学校から帰りの二少年が、話しながら、あまり人の通らない往来を歩いてきました。 「清ちゃん、あのお庭に咲いている赤い花はなんだか知っている?」と、一人が、立ち止まって垣根の間からのぞこうとしたのでした。 「孝ちゃん、花じゃない、赤い葉鶏頭だよ。」 「ちょっと見ると、花みたいだね。」 「孝ちゃん、この門は古いんだね、ここについているのは、呼び鈴だろう。」 「呼び
宮本百合子
子供のためには 宮本百合子 昔、明治の初期、若松賤子が訳した「小公子」は、今日も多くの人々に愛読されている。若松賤子がこの翻訳を思い立ったのは、愛する子供たちに、清純で人間の精神をたかめる読みものをおくりものとしたい、という心持からであったことが記されている。 現代の婦人作家では野上彌生子氏が幾冊かの翻訳を小さい人々のためにおくっている。 ちょっと考えると、
小川未明
吉雄は、学校の成績がよかったなら、親たちは、どんなにしても、中学校へ入れてやろうと思っていましたが、それは、あきらめなければなりませんでした。 「なにも、学校へいったら、みんなが偉くなるというのでない。りっぱな商人には、小僧から成り上がるものが多いのだよ。家にいては、なんのためにもならぬから、いいとこをさがして、奉公なさい。そして、お友だちに、まけないように
宮本百合子
子供の世界 宮本百合子 或る若い母さんのうちに小学四年になった男の子がいる。一人っ子であるから、どうしても親たちの生活の目撃者となることが多い。 その子が或るとき作文を書いた。父さんと母さんが喧嘩をしました。父さんが大きい声で出てゆけと云って、母さんを外へ押し出しました。僕もついて出ました。夜で、どこへ行くことも出来ません。母さんは家の外をぐるぐるまわって、
ゴールドマンエマ
一 共産主義国家によつてつくられた、そしてごく真面目な努力を阻んでゐる嘘の中で、子供の利益の為めにしたボルシエヰキの活動と云ふ事程、悪いそして明かな事は何処にもない。尤もロシヤの子供達の生活に就いて云はれてゐる多くの事は、たゞの噺にすぎないとは云へ、しかし其のための非常な試みのあつた事は認めなければならない。が、何故其の試みは失敗したか? 私は、一九一九年、
野口雨情
子供に化けて、大人をだます悪い狐がをりました。 三五郎と云ふ百姓が、馬を曳いて帰つて来ますと、道の端に七八つ位の一人の子供が泣いてゐました。 三五郎は、狐が化けてゐるのだと気づきましたから、わざと知らない振りをして通りすぎようとしました。子供は三五郎の方を見い見い余計に泣きました。 どこまでも知らない振りをして三五郎が通つて来ますと、子供は大声をあげて泣き泣
宮本百合子
子供・子供・子供のモスクワ 宮本百合子 さあ、ちょっと机のごたごたを片よせて、 (――コップは窓枠の前へでものせといてください。) モスクワ地図をひろげよう。 市の西から東・南に向って大うねりにのたくっているのは、誰でも知っているモスクワ河。その河が二股にわかれた北河岸に、不規則な三角形の城壁でとりまかれた一区廓は、全世界のブルジョアとプロレタリアートに一種
小川未明
町はずれに、大きなえのきの木がありました。その下に、小さな床屋がありました。円顔の目のくるりとした男が、白い上着を被て、ただ一人控えていましたが、めったに客の入っているのを見ませんでした。なんとなく、みすぼらしく、それに狭苦しい感じがしたからでしょう。 勇ちゃんも、年ちゃんも、学校へゆくときはその前を通りました。 「怖い顔をした、おじさんだね。」と、小さい声
岡本綺堂
子供役者の死 岡本椅堂 ペテロは三たびキリストを知らずといえり。――これはそんなむずかしい話ではありませんと、ある人は語った。 なんでも慶応の初年だと聞いていました。甲州のなんとかいう町へ、江戸の子供役者の一座が乗り込んだのです。十七八をかしらに十五六から十二三ぐらいの子供ばかりで、勿論たいした役者でもなかったのですが、その頃のことですから、ともかくもお江戸
小川未明
広い庭には、かきが赤くみのっていました。かきねの破れを直して、主人は、いま縁側へ腰を下ろし、つかれを休めていたのです。彼はこのあたりの地主でした。 裏門から、寺のおしょうさんが、にこにこしながら、入ってくるのを見ると、ちょっと迷惑そうな顔色をしたが、すぐ笑いにまぎらして、丁寧に迎えました。 「あまりごぶさたをしたので、前を通りかかったものだから。」と、おしょ
田山花袋
子供と旅 田山花袋 明治四十四年の元日は上諏訪温泉で迎へた。山の雪に日が光つて、寒い風が肌に染み渡つた。半凍つた湖水には二三日前まで通つて居たといふ小蒸汽船が氷に閉ぢられて居た。 昨夜遅く此処に着いた。温泉の湯壺は階梯を下りて行つたところにあつた。昨夜も今朝も浴して居る客は一人もなかつた。私はつれて行つた取つて十歳になる男の児と戯れながら一緒に其処に長くつか
小川未明
あめ売りの吹く、チャルメラの声を聞くと、子供の時分のことを思い、按摩の笛の音を聞くと、その人は涙ぐみました。その話を聞かせた人は旅の人です。そして、その不思議な話というのはつぎのような物語です。 * * * * * 町からすこしばかり離れた、小さなさびしい村でありました。村には昔の城跡がありました。ちょうど私と同じい七つ、八つばかりの子供が、
宮本百合子
私のところに、今年四つになる甥が一人いる。汽車や自動車、飛行機などの絵本が面白いさかりで、縁側の障子を閉めたこっちで、聞いていると、母親をつかまえて、ああちゃんポッポ! ね? など、片言に話し、それに答えて母親がまたびっくりするような上手さで、いろいろこの小さい子供が往来で見聞して来ているものや子供をよろこばせたこまごました印象と結びつけ、電車の物語、自動車