Vol. 2May 2026

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パブリックドメイン世界知識ライブラリ

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子規と野球

斎藤茂吉

子規と野球 斎藤茂吉 私は七つのとき村の小学校に入つたが、それは明治廿一年であつた。丁度そのころ、私の兄が町の小学校からベースボールといふものを農村に伝へ、童幼の仲間に一時小流行をしたことがあつた。東北地方の村の百姓は、さういふ閑をも作らず、従つて百姓間にはベースボールは流行せずにしまつた。 正岡子規が第一高等中学にゐてベースボールをやつたのは、やはり明治廿

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孔子とアメリカ

中谷宇吉郎

孔子とか論語とかいえば、われわれの若い時代に、すでにそれは、時代おくれの標本になっていた。老人たちに何かお説教をされると「子曰くか」と言って逃げたものである。いわんやこのごろの青年諸君のなかには、論語などと聞いても、名前も知らない人が多いであろう。 論語は、高等学校時代に、修身の課目として、講義をきいたことがあるが、馬鹿にしきっていたので、その内容はすっかり

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孔子と管仲

狩野直喜

儒家の政治に關する理想は、君主其仁義の徳を修め、推して之を四海に擴むるにある。所謂人に忍びざるの心を以て、人に忍びざるの政を行ひ、教養並待ちて、天下の民、匹夫匹婦まで其澤を被らざるものなきに至るを以て王道の極功として居る。覇者の政は即ち之に異り、或場合には、仁義道徳を云々するけれども、是れ其美名を假るに過ぎない。又其政治は時としては人民に幸福を與へ、顯著なる

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孔雀の樹に就いて

国枝史郎

最近読んだ内外の作で、最も感銘の深かったのは、小酒井不木氏翻訳のチェスタアトンの「孔雀の樹」です。探偵小説としての筋立てから云っても、(非常に新鮮では無いにしても)一流の作に属す可きもので、最後の殿様ヴェーンの出現や、医師ブラウンが真犯人で無いなど――いや一切この事件に犯罪が無かったということなどは、最後のカーテンの下ろされるまでどんな読者でも考えられなかっ

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「孔雀船」解説

中山省三郎

先づ最初に、「孔雀船」の詩人伊良子清白氏の自傳を再録して置かうと思ふ。 「名は暉造、明治拾年拾月四日鳥取縣八上郡曳田村に生る。幼時父母に伴はれて三重縣に轉住。其の地の小學校を經て津中學校を卒業した。中學在學中同志數名と共に和美會雜誌經文學等發行。詩は十六七歳から習作を試みた。次で京都府立醫學校(今の府立醫科大學)に入學三十二年卒業、後東京に出て傳染病研究所東

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「の」の字の世界

佐藤春夫

うたちゃんは、三人兄弟の末で、来年からは幼稚園へ行こうというのですが、早くから、自分ではお姉ちゃん気どりで「えいちゃん」「えいちゃん」と、自分をよんでいます。「えいちゃん」とは、ねえちゃんのかたことなのです。 うたちゃんは、「えいちゃん」だけに、二つ上のなき虫の兄がなくと、すぐ手ぬぐいを持って行って、なみだをふいてやったり、頭をさすったり、まことによく気のつ

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字余りの和歌俳句

正岡子規

字餘りの和歌俳句 正岡子規 短歌三十一文字と定まりたるを三十二文字乃至三十六文字となし俳諧十七字と定まりたるを十八字乃至二十二三字にも作る事あり。これを字餘りと云ふ。而して字餘りを用うるは例外の場合にて常に用うべきにあらずとは歌人俳諧師等が一般に稱へ來れる掟なり。されど此掟程謂れなき者はあらじ。 三十一文字と定め十七文字と定めし事もと是れ人間が勝手につくりし

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字幕閑話

秘田余四郎

映畫はさすがに大衆のものだけあつて、わたしのような外國映畫の臺詞を飜譯している、いわゆるスーパー屋さんにまで、ファン・レターならぬいろいろの手紙が、思わぬところから舞いこんでくる。 半年ほど前だが、東北のさるところから屆いたはち切れるほど部厚な封書は、マニアじみた國字改良論者からのものだつたが、彼氏自ら苦心考案するところの略字、略号を克明に並べ立てて、中國の

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字の書き方

中谷宇吉郎

山崎光子夫人が新書道を提唱されて、漢字廃止の問題の前に、誰にでも三月習えば相当な字が書けるようになるという書道を主張しておられるのは一寸卓見である。それは渡欧の船の中で思い付いたので、印度洋の航海の間に漢字の方は出来上がったそうである。すべての漢字を正方形の枠の中に入れ、横線は全部水平、縦線は全部垂直、斜線は四十五度の方向に引くという書道なのである。そして字

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字で書いた漫画

谷譲次

字で書いた漫画 谷譲次 1 あめりか街上風景。 HOBOなる一個の非職業的職業に従事している尊敬すべき二紳士が、町角の煙草屋の前で日向ぼっこをしながら、ひねもす何ごとか議論し合っている。 忙しい都会の執務時間にあって、それはいかにもひねもすといった長閑な図。 このエッチ・オウ・ビイ・オウ――ホボ。 主として、呑気で喧嘩ずきなアイルランド人が専門とする一種の哲

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ローマ字論者への質疑

萩原朔太郎

ローマ字論者への質疑 萩原朔太郎 日本語の健全な發育と、その國語の純粹性を害毒するものは、實に生硬な漢語と漢字、特に明治以來濫造される飜譯漢語と漢字である。言葉に一番大切な條件は、耳で聽いて意味がわかるといふことである。耳で聽いて意味がわからず、文字に書いて見せた上で、初めて視覺から語意が通ずるといふやうな言葉を、日常語の會話に使用するやうな國民があるとした

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存在

田山花袋

武林文子に対する批評の中では、広津和郎の言つたことに私は一番多く共鳴した。『だが、道徳性を離れて見た場合、この女性は男性に取つては魅力ある存在である』以下十行ほどはことに好い。流石は芸術家の見方だけあると思つた。 存在といふ方から人間を見ることは多い見方の中でも、ことにすぐれて徹底したものであるといふことを私はこれまでにも度々言つて来た。しかし、普通人にあつ

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孝太郎と悪太郎

槙村浩

或所に孝太郎といふ人がありました。家は大へん貧乏でありました。所が其の隣に悪太郎と云ふ人がありましたが家は大金持でした。孝太郎は大へん孝行者で家が貧乏なため中風にかゝってゐるお父さん、二三年前から少し風けだといって居たのが重病となり、もう手のつけやうもない位のお母さんを助けて、朝は早くから起き御飯をたきお茶をわかし山へ芝をとりに行ってはそれを売り、お母さんの

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孝子実伝 ―室生犀星に―

萩原朔太郎

ちちのみの父を負ふもの、 ひとのみの肉と骨とを負ふもの、 ああ、なんぢの精氣をもて、 この師走中旬を超え、 ゆくゆく靈魚を獲んとはするか、 みよ水底にひそめるものら、 その瞳はひらかれ、 そのいろこは凍り、 しきりに靈徳の孝子を待てるにより、 きみはゆくゆく涙をながし、 そのあつき氷を蹈み、 そのあつき氷を喰み、 そのあつき氷をやぶらんとして、 いたみ切齒な

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孝行鶉の話

宮原晃一郎

孝行鶉の話 宮原晃一郎 一 ある野原の薄藪の中に、母と子との二匹の鶉が巣を構へてをりました。母鶉はもう年よりなので羽が弱くて、少し遠いところには飛んで行くことが出来ませんでした。ですから巣から余り遠くないところで、小さな虫を捕つたり、粟の穂を拾つたりして、少しづゝ餌をあつめてをりました。子鶉は至つて親孝行で、毎日朝早くから巣を飛び出して、遠くへ餌をあさりに出

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孟宗と七面鳥

北原白秋

孟宗と七面鳥 北原白秋 閑雅な孟宗の枯れ色は私にとつて何より親しく感じられる。私は階上の書斎から硝子戸越しに朝夕その眺めを楽しんでゐる。どの窓を眺めても孟宗がしだれてゐる。寒くて風の少ない日などはその揺れる秀さきばかりがこまかな光りを反してゐる。 聖ヶ獄にも斑ら雪が残つてゐる。庭の寒枇杷も冷えきつてよい。時とすると、思ひもかけず、ちらちらと牡丹雪がふつてくる

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孟母断機

上村松園

孟母断機 上村松園 「その父賢にして、その子の愚なるものは稀しからず。その母賢にして、その子の愚なる者にいたりては、けだし古来稀なり」 わたくしは、かつてのわたくしの作「孟母断機」の図を憶い出すごとに、一代の儒者、安井息軒先生の、右のお言葉を連想するを常としている。 嘉永六年アメリカの黒船が日本に来て以来、息軒先生は「海防私議」一巻を著わされ、軍艦の製造、海

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季節の味

佐藤垢石

季節の味 佐藤垢石 物の味は季節によって違う。時至れば佳味となり、時去れば劣味となる。魚も獣も同じである。七、八両月に釣った鰔は、肉落ち脂去って何としても食味とはならない。十二月過ぎてからとった鹿は、肉に甘味を失って珍重できないのである。 日本人の食品材料は、およそ四百種あるそうである。それに、病的といおうか悪食といおうか、いも虫、ヒル、みみずの類を生のまま

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季節の変るごとに

片山広子

季節の変るごとに 片山廣子 季節の変るごとに、武蔵野はそれより一足先きに春秋の風がふき、霜も雪も早く来る、夏草が茂るのも早い。その野原に近い家で何年か暮して来て、毎日の生活には季節の物をたべてゐるのが一ばんおいしく、一ばん経済であることもおぼえた。 冬から春にかけ、らくに手に入るものは、野菜の中で一ばん日本人好みの大根で、それに白菜、小蕪、ほうれん草、果物で

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季節の植物帳

佐左木俊郎

季節の植物帳 佐左木俊郎 序言 植物のもつ美のうちで、最も鋭く私達の感覚に触れるものは、その植物の形態や色彩による視覚的美であろう。それから嗅覚的美、味覚的美といった順序ではないかと思う。併し、私達の心の中のロマンチストは、その伝説を聞き、名称の持つ美から、未知の植物に憧れることが少なくない。そしてまた私達のセンチメンタリストは、廃墟に自然が培う可憐な野草に

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季節の馬車

佐藤惣之助

季節の馬車 佐藤惣之助 飛雄する東部亞細亞人の爲めに われわれは今やらなければ駄目だ。東半球の太平洋の藝術家として、青青とした若い日本人として、あたらしい神神と民族との史詩や大きい祝祭の、精神的な戰ひを。そして殊に日本人が「飛雄する東部亞細亞人」のために、南部東洋の島島の娘等のために、又は北部亞細亞大陸の若者のために、まだヨーロツパ人の捉へる事の出來ない大太

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孤座

相馬御風

今年は雪が珍らしく少なかつたので、二月末からもうヂカに土を踏んで歩くことが出來、三月になつてから東京で雪が積つたといふやうなことを新聞で讀んで、何だか東京の方が反對に雪國になつたのではないか、といふやうな氣がした位である。それほどこのあたりは春の訪れが早かつた。 燕の來たのは例年より十日早かつたといはれ、櫻の咲いたのも四月十日頃といふ早さであつた。そして折か

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孤独のことなど

北条民雄

――美しいものは一番危つかしい。一番こはれやすい。その上一番終末的でさへあります。だから美しいゆゑに切ないものは、一番毅然とせねばならない。一歩どちらかへぐらつけばそれは忽ち甘くなるか、又は感傷になる――これは保田與重郎氏が川端康成氏の芸術を評した時の言葉であるが、私はこの一文を読んだ時、ああと溜息をつき、このやうに美しいものがこの世の世界にあるのかと、頭を

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孤独と法身

田山花袋

東京の夏は色彩が濃くつて好い。山や田舎と違つて、空気にもいろいろ複雑した色や感じがある。行かふ女達の浴衣の派手なのも好ければ、洋傘の思ひ切りぱつとしてゐるのも好い。朝蔭の凉しい中だけ勉強して、日影が庇に迫つて来る頃からは、盤して暮らす。夕方近くなるとカナカナやみんみんが鳴き出す。それをきゝながら、行水をザツと浴びて、庭樹の下などを漫歩する。いかにも夏らしくて

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