待っていた一つの風景
今野大力
痩たる土壌をかなしむなく 遠き遍土にあるをかこつなく 春となれば芽をだし 夏となれば緑を盛り花を飾る 貧しく小さくして尚たゆまず ただ一つ 秋、凡ての秋において ただ一つ 種を孕んだわが名知らぬ草 精一杯に伸びんとして努力空しく 夏のま中炎天のあまり枯死してしまったものもある 草にして一生は尊い生命の凡てである 一つの種は一つの種をはらんだ そして遍土の痩土
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今野大力
痩たる土壌をかなしむなく 遠き遍土にあるをかこつなく 春となれば芽をだし 夏となれば緑を盛り花を飾る 貧しく小さくして尚たゆまず ただ一つ 秋、凡ての秋において ただ一つ 種を孕んだわが名知らぬ草 精一杯に伸びんとして努力空しく 夏のま中炎天のあまり枯死してしまったものもある 草にして一生は尊い生命の凡てである 一つの種は一つの種をはらんだ そして遍土の痩土
金鍾漢
雪がちらついてゐる しんみりしづかに 雪がちらついてゐる そのなかを ききとして きみたちは いもうとよ またいとこよ おとうとよ まなびやへと急いでゐる ながいながい 昌慶苑の石垣づたひ 雪がちらついてゐる しんみりしづかに 雪がちらついてゐる ちらついてゐる おとうとよ またいとこよ いもうとよ それはふりかかる きみたちのかたに たわわな髪の毛に ひひ
豊島与志雄
待つ者 豊島与志雄 少しく距離をへだてた人家の、硝子戸のある窓や縁先から、灯火のついている室内を眺めると、往々、おかしなことを考える。じかにまざまざと見えるのではいけない。多少の距離と硝子戸などで、室内の灯火と物象とがぼかされ美化され、人影はくっきり浮出しながらその人物は分らない、それくらいの程度がよい。 そうした室内の遠望のうち、最も面白いのは、食膳と臥床
太宰治
律子と貞子 太宰治 大学生、三浦憲治君は、ことしの十二月に大学を卒業し、卒業と同時に故郷へ帰り、徴兵検査を受けた。極度の近視眼のため、丙種でした、恥ずかしい気がします、と私の家へ遊びに来て報告した。 「田舎の中学校の先生をします。結婚するかも知れません。」 「もう、きまっているのか。」 「ええ。中学校のほうは、きまっているのです。」 「結婚のほうは、自信無し
小栗虫太郎
後光殺人事件 小栗虫太郎 一、合掌する屍体 前捜査局長で目下一流の刑事弁護士である法水麟太郎は、招かれた精霊の去る日に、新しい精霊が何故去ったか――を突き究めねばならなかった。と云うのは、七月十六日の朝、普賢山劫楽寺の住職――と云うよりも、絵筆を捨てた堅山画伯と呼ぶ方が著名であろうが――その鴻巣胎龍氏が奇怪な変死を遂げたと云う旨を、支倉検事が電話で伝えたから
宮本百合子
後庭 宮本百合子 いつもの様に私は本を持って庭に出た。 書斎の前の木の茂みの深い間々を、静かに読みながら行き来すると、ピッタリと落つきを持って生えた苔の美くしい地面の何とも云えず好い一種の香いが、モタモタした気持をスッキリ澄せて行く。 二三度左手を帯にはさんで行ったり来たりすると、何となし急に周囲の景色に気をとられた。 この二三日何かして一度も庭に出ずに居た
岸田国士
後日譚 岸田國士 私が文芸春秋社特派員として北支へ行つたのは去年の十月であつた。往復をいれてわづか三週間といふ短い旅であつたが、当時、京漢線方面では、彰徳の攻撃がはじまる前であり、娘子関がまだ落ちず、保定、定県附近には敗残兵が頻々と出没して油断のならぬ頃であつた。石家荘で旧友の飛行部隊長を訪ねたことは「北支物情」のなかへも書いたが、その後、大佐から端書が来て
新美南吉
はじめて世に出る童話集なので、心のなかでひやひやしてゐます。昨年、良寛さんの伝記物語「手毬と鉢の子」を出すときにも、それは私がはじめて書いた本なので、ひやひやしました。しかし、こんどはまたこんどで、別な不安があります。 前の本は伝記物語でした。つまり、良寛さんといふりつぱなお坊さんがじつさいにゐて、その人の書き残したものや、その人について書かれたものもいろい
范曄
倭在韓東南大海中、依山島爲居、凡百餘國。自武帝滅朝鮮、使驛通於漢者三十許國。國皆稱王、世世傳統。其大倭王居邪馬臺國。樂浪郡徼去其國萬二千里、去其西北界拘邪韓國七千餘里。其地大較在會稽東冶之東、與朱崖・耳相近、故其法俗多同。土宜禾稻麻紵蠶桑、知織績、爲布、出白珠青玉、其山有丹、土氣温※、冬夏生菜茹、無牛馬虎豹羊鵲。其兵有矛・楯・木弓・竹矢、或以骨爲鏃。男子皆黥
木暮理太郎
後立山という名は、黒部川の峡谷を隔てて立山の東に連亙している信越国境山脈中の一峰として、夙くから地誌地図等に記載され、一個の山体として取り扱われていたらしいにも拘わらず、元来が越中の称呼であって、此方面からの登山は、甚しく困難でもあり且つ危険でもあるから、偶に入込む猟師などの外は登山者絶無という有様であったと想われる。その為にどの山がそれであるかを判定するに
坂口安吾
後記にかえて〔『教祖の文学』〕 坂口安吾 私は社会人としての自我というものを考えるから、政治についても考えるけれども、政治家にはなる筈のない生れつきである。 私は今の世に生れたから文士になったが、昔の世に生れても、決して大名貴人になろうとか、天下の豪傑になろうとは思わず、琵琶法師とか遊吟詩人というようなものになったろうと思う。 尤も私も子供の頃には軍人だの坊
坂口安吾
後記〔『炉辺夜話集』〕 坂口安吾 「炉辺夜話集」といふこの本の題名は、この本にあつめられた五ツの物語に対して、作者がどのやうな心持をもつてゐるか、それを率直に表しもし、又、ある意味では、作者が文学そのものをどのやうなものに考へてゐるかといふことを、率直に露呈もしてゐます。 つまり私は、この題名が示す通り、人々が、炉辺のまどゐの物語をきくと同じなつかしさで読み
坂口安吾
道鏡といふ題名はよくなかつた。この小説の主人公はむしろ孝謙天皇だ。三人の女主人に維持された天皇家といふ家族政府の独自な性格、家をまもるに鬼の如くに執念の深い女主人の意志によつて育てられ、その意志の精霊の如くに結実した聖武天皇とその皇后と、そして更にそこから生れた孝謙天皇。私にとつてこの小説を書かしめる魅力となつた最大なものは、この女帝だ。 それを私が「道鏡」
太宰治
徒党は、政治である。そうして、政治は、力だそうである。そんなら、徒党も、力という目標を以て発明せられた機関かも知れない。しかもその力の、頼みの綱とするところは、やはり「多数」というところにあるらしく思われる。 ところが、政治の場合に於いては、二百票よりも、三百票が絶対の、ほとんど神の審判の前に於けるがごとき勝利にもなるだろうが、文学の場合に於いては少しちがう
今野大力
いち早く冬の来る北方の街頭に 寒い空ッ風が吹きまくる 或る朝 理髪師の徒弟は店先を掃いていた 店先に一本の街路樹があった 落葉は風になぶられてあちこちに吹きたまる 正直な徒弟は幾度もそれを掃いていた 時が過ぎる 徒弟は街路樹に登った 木葉はもう一枚も街路樹に残っていなかった 徒弟は街路樹をゆすぶり 箒ですっかり叩き落していた 五・一八 ●図書カード
片山広子
徒歩 片山廣子 銭形平次の時代には乗物といつてもバスも電車もなく、さうむやみとお駕籠にも乗れなかつたらうから、八五郎が聞きこみをすれば、向う柳原の伯母さんの家からすぐ飛び出して神田の平次の家まで駈けてゆく。そらつと言つて平次は両国だらうが浅草だらうが吉原だらうが行つてみなければならない。歩く方に精力を使つてくたびれてしまふだらうと思はれるけれど、その時分はそ
正岡子規
紀行文をどう書いたら善いかという事は紀行の目的によって違う。しかし大概な紀行は純粋の美文的に書くものでなくてもやはり出来るだけ面白く書こうとする即美文的に書こうとする、故に先ず面白く書くという事はその紀行全部の目的でなくても少くも目的の五分は必ずこれであると極めて置いて、さてその外の五分は人によって種々雑多に書かれて居る事である。一、二の例をいうて見ると、山
寺田寅彦
徒然草の鑑賞 寺田寅彦 『文学』の編輯者から『徒然草』についての「鑑賞と批評」に関して何か述べよという試問を受けた。自分の国文学の素養はようやく中学卒業程度である。何か述べるとすれば中学校でこの本を教わった時の想い出話か、それを今日読み返してみた上での気紛れの偶感か、それ以上のことは出来るはずがない。しかし、それでもいいからと云われるので、ではともかくもなる
宮本百合子
すみ子さん、こんにちは! 今日は湯浅さんとふたりで、珍しいところを見て来たから、忘れないうちにそのことを書きます。「子供の家」を見学して来たのです。 ソヴェト同盟には「子供の家」というものがあるのを、知っている? 親のない子供や、または親があってもいろいろわけがあって一緒に暮らせないような時、ソヴェト同盟には「子供の家」というのがあって、そこで食べさせて、着
正岡子規
国あり新聞なかるべからず。戦あり新聞記者なかるべからず。軍中新聞記者を入るるは一、二新聞のためにあらずして天下国家のためなり兵卒将校のためなり。新聞記者にして已に国家を益し兵士を利す。乃ちこれを待遇するにまた相当の礼を以てすべきや論を竢たず。而してこれを日清戦争の実際に徴するに待遇の厚薄は各軍師団各兵站部に依りて一々相異なり、甲は以てこれを将校に準じ乙は以て
夏目漱石
吾に讎あり、艨艟吼ゆる、 讎はゆるすな、男兒の意氣。 吾に讎あり、貔貅群がる、 讎は逃すな、勇士の膽。 色は濃き血か、扶桑の旗は、 讎を照さず、殺氣こめて。
宮本百合子
『キング』で得をするのは誰か 宮本百合子 サークル活動をするものの心得として、よく云われる言葉がある。それは、サークルというものは『キング』の読者をもひっくるめての文化的政治的組織でなければならないという言葉である。 現在『キング』がそれほどひろく大衆の間によまれる魅力は一体どこにあるのであろうか。そう思って『キング』二月号を五十銭出して買った。五百十五頁の
根岸正吉
歩いて帰れ、歩いて帰れ、 忠君愛国者よ。 東京から故郷まで一百三十里 お前は稼いだ、働いた。 熱心に着実に、ほめらるる迄、 海軍将校なる主人のために。 主婦のために。 男爵家のために。 お前は徴兵検査のために帰郷する、 その旅費をもたぬ。 御国の為だ。 国民の義務だ。 歩いて帰れ、歩いて帰れ 忠君愛国者よ 東京から故郷まで一百三十里。 (発表誌不詳 『どん底
折口信夫
芝居への注文が大分出る様ですから、私も尻馬に乗つて、御国座の事を申させて頂きます。あの芝居は何と言つても、源之助が持つて、死んで行く江戸の狂言の活きた記録を頭に印象させる為に行く見物が中心になつて居るので、新しい芸術を云々される先生方も忍んで見学に行つて居られます。所が若手の大頭の注文からあまり狂言を並べ過ぎるので、肝腎の源之助の出し物を昼は出さなかつたり、