Vol. 2May 2026

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14,981종 중 5,736종 표시

喫煙癖

佐左木俊郎

喫煙癖 佐左木俊郎 札幌の場末の街、豊平を出た無蓋二輪の馬車が、北を指して走っている砂利道を、月寒の部落に向けてがたごとと動いて行った。 馬車の上には二人の乗客が対い合って乗っていた。二人とも、いずれも身すぼらしい身装で、一人は五十近い婆さんであった。一人はやはり、同じ年ごろの爺さんであった。 爺さんは引っ切りなしに、煙草を燻らしていた。その煙がどうかすると

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喫茶店にて

萩原朔太郎

喫茶店にて 萩原朔太郎 先日大阪の知人が訪ねて来たので、銀座の相当な喫茶店へ案内した。学生のすくない大阪には、本格的の喫茶店がなく、珍らしい土産話と思つたからである。果して知人は珍らしがり、次のやうな感想を述べた。先程から観察して居ると、僅か一杯の紅茶を飲んで、半時間もぼんやり坐つてる人が沢山居る。一体彼等は何を考へてゐるのだらうと。一分間の閑も惜しく、タイ

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とも喰い

本庄陸男

とも喰い 本庄陸男 雪まびれになった阿母は、精根枯らした顔で帰って来た。一日村を歩きまわって、貰ったのは蕎麦殻の袋だった。それでも仔細に見ると多少の粉が篩い落されるかも知れないと云うのだ。 「救済いうて、一体何時のことやら――誰ももう耐え切れんわ。明日は役場に押しかけるんやと――」 そして袋を投げ出した。「食べるものかい?」と子供達は阿母の顔を覗き込み、袋の

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嘆きの孔雀

牧野信一

随分寒い晩でした。私は宵の中から机の前に坐つて、この間から書かうと思つてゐるものを、今晩こそは書き出さうと、一所懸命に想を凝らして居りました。――ところが余り寒いのでついペンをとる筈の指先は火鉢の上を覆ふやうになつてしまふのでありました。窓の外には目に見ゆる程な寒気の層が湖のやうに静かにたゞずむで居りました。火鉢の上に翳して暖たまつた私の眼で、硝子越しの寒い

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嘆きの谷で拾つた懐疑の花びら

牧野信一

日記といふものを、逆に時日を遡つて誌さうとしたら、映画のヒルムを逆に回転するやうな混乱に陥るだらうか――今朝、こんなことを考へながら、墓地に隣る生垣の傍らで書きかけの原稿を焼いてゐた。霧が深かつた。ちよつとは思ひ出せない程幾晩も徹夜を続けた後の混乱の頭が司る覇気だ。断じて披瀝を怕れる自尊心ではない。悪の面をかむつた悲惨な姿が、虚空をつかんで後ろへ向つて駆けて

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嘉村さん

堀辰雄

嘉村礒多さんとは三遍ばかりお會ひしました。 去年の四月頃、或る用事があつて、はじめて私が南榎町のお家をお訪ねしましたら、何處かお體が惡くて寝ていらしつたらしい嘉村さんは、寢卷のまんま、玄關まで飛び出していらつしやいました。そしてそれから今度は普段着に着換へられて、出直していらしつたが、しかし如何にもお元氣らしかつたので、私はついそのまま長居をしてしまひました

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嘉陵紀行

木暮理太郎

『嘉陵紀行』は徳川幕府の頃、三卿の一であった清水家の用人村尾正靖の著である。号を嘉陵と称した所から其記行文集を『嘉陵紀行』と唱えるが、実は後人の名付けたものである。非常に旅行が好きで、暇さえあれば江戸附近の名所旧跡を探って楽しんでいたことは、其紀行文から推知することが出来る。殊に吾々に取って懐しく思われるのは、大の山岳宗徒であったことである。「府中道の記」の

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太宰治

嘘 太宰治 「戦争が終ったら、こんどはまた急に何々主義だの、何々主義だの、あさましく騒ぎまわって、演説なんかしているけれども、私は何一つ信用できない気持です。主義も、思想も、へったくれも要らない。男は嘘をつく事をやめて、女は慾を捨てたら、それでもう日本の新しい建設が出来ると思う。」 私は焼け出されて津軽の生家の居候になり、鬱々として楽しまず、ひょっこり訪ねて

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新美南吉

嘘 新美南吉 一 久助君はおたふくかぜにかかって、五日間学校を休んだ。 六日めの朝、みんなに顔を見られるのははずかしいなと思いながら、学校にいくと、もう授業がはじまっていた。 教室では、案のじょう、みんながさあっとふりむいて久助君の方を見たので、久助君はあがってしまって、先生のところへ欠席届を出し、じぶんの席へ帰るまでに、つくえのわきにかけてある友だちのぼう

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嘘の効用

末弘厳太郎

嘘の効用 末弘厳太郎 法律以外の世界において一般に不合理なりとみなされている事柄がひとたび法律世界の価値判断にあうや否やたちまちに合理化されるという事実はわれわれ法律学者のしばしば認識するところである。そうして私はそこに法律の特色があり、また国家の特色があると考えるがゆえに、それらの現象の蒐集および考察が、法律および国家の研究者たる私にとって、きわめて有益で

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嘘をつく日

水野仙子

嘘をつく日 水野仙子 患者としてはこの病院内で一番の古顏となつたかはりに、私は思の外だんだん快くなつて行つた。 もう春も近づいた。青い澄んだ空は、それをまじまじと眺めてゐる私に眩しさを教へる。さうしてついとその窓を掠めて行く何鳥かの羽裏がちらりと光る。私はむくむくと床をぬけ出して、そのぢぢむさい姿を日向に曝し、人並に、否病めるが故に更により多くの日光を浴びよ

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噂ばなし

永井荷風

戦死したと思われていた出征者が停戦の後生きて還って来た話は、珍しくないほど随分あるらしい。中には既に再縁してしまったその妻が、先夫の生還したのに会って困っている話さえ語りつたえられている。 そういう話を聞いた時、わたくしは直にモーパサンの「還る人」Le Retour と題せられた短篇小説を思起した。テニソンが長篇の詩イノック、アーデンもまた同じような題材を取

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タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった

宮沢賢治

タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった 宮沢賢治 ホロタイタネリは、小屋の出口で、でまかせのうたをうたいながら、何か細かくむしったものを、ばたばたばたばた、棒で叩いて居りました。 「山のうえから、青い藤蔓とってきた …西風ゴスケに北風カスケ… 崖のうえから、赤い藤蔓とってきた …西風ゴスケに北風カスケ… 森のなかから、白い藤蔓とってきた …西風ゴスケに

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器楽的幻覚

梶井基次郎

ある秋仏蘭西から来た年若い洋琴家がその国の伝統的な技巧で豊富な数の楽曲を冬にかけて演奏して行ったことがあった。そのなかには独逸の古典的な曲目もあったが、これまで噂ばかりで稀にしか聴けなかった多くの仏蘭西系統の作品が齎らされていた。私が聴いたのは何週間にもわたる六回の連続音楽会であったが、それはホテルのホールが会場だったので聴衆も少なく、そのため静かなこんもり

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器用な言葉の洒落

薄田泣菫

前号に細川護立侯のことを書いたから、今日はその御先祖細川幽斎のことを少しく書いてみよう。護立侯もかなり物識りだが、幽斎はそれにもましていろんなことに通暁してゐた。武術はいふに及ばず、その頃古今伝授を受けたたつた一人の男は彼だつたといふので、歌の方の造詣もほゞ察しることができよう。茶も上手で、とりわけ料理がうまかつた。この方では相当うぬぼれを持つてゐた利休など

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噴水のほとりで――

堀辰雄

私達は水族館を出ると、觀音堂の裏をすこしばかり歩いた。大きな樹があつた。噴水があつた。鳩が不器用に飛んでゐた。五月の夕暮だつた。 「乞食つて、君、……」 突然、あちらこちらのベンチの上に落葉のやうにころがつてゐる乞食の群を見ると、私の友人が私に言つた。 「……とてもハイカラぢやないか。あの乞食を見たまへ。巴里でも、ベルリンでも、すこしもこれと異はないぜ。」

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噴水のほとりで――

堀辰雄

私達は水族館を出ると、観音堂の裏をすこしばかり歩いた。大きな樹があつた。噴水があつた。鳩が不器用に飛んでゐた。五月の夕暮だつた。 「乞食つて、君、……」 突然、あちらこちらのベンチの上に落葉のやうにころがつてゐる乞食の群を見ると、私の友人が私に言つた。 「……とてもハイカラぢやないか。あの乞食を見たまへ。巴里でも、ベルリンでも、すこしもこれと異はないぜ。」

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噺家の着物

三遊亭金馬

咄家の着物とあらたまっていうほどのこともないが、落語のなかにでてくる人物の着物をお客に説明するにも、咄家自身のなりがわるいといいにくいことがある。 たとえば、『夢金』で、 雪のなか舟宿へくる侍と娘“黒羽二重の五ツ所紋付”、黒がやけて羊羹色になり、紋だけ黒くなっていて“羊羹羽二重黒紋付”、茶献上の芯のでた帯を、胸高に締め、朱鞘の禿っちょろけた大小落し差し とい

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囚われ

豊島与志雄

囚われ 豊島与志雄 孝太郎が起き上った時恒雄夫妻はまだ眠っていた。彼は静に朝の装いをすまして、それから暫く二階の六畳に入ってみた。その時ふと、今朝何かそうそうと物の逃げ去るような気配に眼を覚したのだということが、彼の意識にちらと浮んでまた消えた。 彼は椽側に立ち出て冷たい秋の朝を眺めた。桜の黄色い葉にさしている尖った光線、垣根のうっすらとした靄、立ち並んだ人

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囚われ人

豊島与志雄

或るコンクリー建築の四階の室。室内装飾は何もないが、ただ、大きな電灯の円笠が天井からぶらさがっていて、室中に明るみを湛えている。片側だけ窓で、窓の外は闇夜。全体が箱の中のような感じ。室の一方に、巨大な円卓があって、その端寄りに数人の男女が集まっている。彼等と向い合って、室の他方に、四角な小卓があり、正夫が坐っている。正夫はたいてい卓上に顔を伏せていて、ごく稀

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これでは囚人扱い

宮本百合子

これでは囚人扱い 宮本百合子 逃げて行く子供達と、そしてそれをとりまく環境と両方に問題があると思います。裸にしておけば逃げないという考え方は、死なないように牢獄内の囚人に帯をさせないという事と同じ事です。このことをつきつめたら喰わせずにおいて足腰たたなくさせれば逃げられない、という事になるでしょう。あまり物事を簡単に考えすぎるやり方だと思います。 〔一九四八

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囚われたる現文壇

小川未明

いかなる主義と雖も現実から出発していないものはない。現実を有りのまゝの静止したもの、固定したものと見做すのが間違っている。現実はどうともすることの出来ない客観的の実在であると同時に、また極めて主観的な実在である。我々が懐く凡ゆる感情、例えば怒り、憎しみ、または愛にもせよ、凡ての感激、冒険といったようなものは、人生及び自然から生起してくる刺戟である。この人生及

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四五ニズム述懐

原民喜

四五ニズムも今では想ひ出になってしまったが、ああ云ったものは何時の時代にも何処かで存在してゐるのではないかと僕には思はれる。それで四五ニズムに就いて少し改めてメモを作ってみる。 まづ四五ニズムの語義から明かにすべきだが、これは四五人のグループに於いて自づから相互間に発生した風習又は雰囲気とでも呼ぶべきものだらう。ただし、四五ニズムと云ふ言葉が出来た頃は既に四

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四人の兵隊

長谷川時雨

四人の兵隊 長谷川時雨 出征文人の一員、林芙美子のリユツクサツクのなかへはいつて、わたしの心持も行くといふと奇矯にきこえるが、わたくしの兵隊さん慰問文が、おぶつていつてもらふことになつた。思ひがけない嬉しさなので、どうしてもそのことから書かなければ氣がすまない。 芙美子は電話で優しくいつてくれた。五通ばかりお書きなさい。よい場處へ、畫鋲で貼つて來てあげます。

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